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●あまりに根源的な解決策について1(085) 新世紀へようこそ 088 あまりに根源的な解決策について 4
海外生活でいろいろ忙しく、前回からだいぶ間があい てしまいました。お許しください。 ここまでは資本の側から経済を見てきましたが、この あたりで消費者の立場に戻ってみましょう。その時に見 えてくるのは、金融資本のためにひたすらものを買わさ れている自分たちの姿です。 この夏、ぼくはイスタンブルの大学で日本文学を教え ています。テクストに選んだ小説の一つが宮部みゆきさ んの『火車』というミステリでした。 これは住宅ローンの破綻とクレジット・カードの破綻 を巡る悲劇の話です。一家離散や自己破産、その先で起 こる殺人などの話をトルコの学生は興味深く読みました。 社会が変わって新しいビジネスができると、それを先 取りして悪事を働く者がおり、法が整備される前に多く の犠牲者がでる。そういう物語です。 しかし、それと同時にこれは消費者の悲劇です。買え ないはずのものを買ってしまった人々の悲劇。 現代ではお金と商品の役割が入れ替わっています。 金融の側から見れば、商品は資金を運用するためのメ ディアにすぎない。よく売れる商品に(その製造と流通 に)投資すれば、資本は速やかに育って返ってくる。 もともとは商品の方が主役でその流通を助けるために 発明されたはずのお金が、商品を媒介に自らを育てる。 新商品は買ったとたんに陳腐化する一方で、お金の方は 価値を増して投資者の元に戻る。 目的であった商品は金融の道具と化し、消費者は商品 の奴隷となる。本来ならばなくてもよいものを、深層心 理にまで忍び込む広告によって、次々に買わされる。 人間が持つ多くの資質の中で、消費者という一面だけ があまりに重視されている。 あなたは誰か。何を考え、誰を愛し、何を作る者であ るか。 それを問う前に、何を買ったか、何を身につけ、何を食 べ、何を所有しているか、が問われる。 ものを買うことが自己表現の手段となり、人は互いを 消費によってしか評価しない。 親であり、子であり、友人である前に消費者。 幼児の時から消費者。いや、生まれる前からダイレク ト・メールが襲ってくる。 経済成長の土台は消費です。 もしも20世紀的な成長の神話に背を向けて別の道を 探るとすれば、ぼくたちは消費そのものを見直さなけれ ばならない。 新商品ラッシュの狂騒の外に出なければならない。 まったく別種のお金を作って流通させている人たちが います。 限りない消費や利子や金融とは無縁な、小さなお金で す。 新しいお金は地域通貨と呼ばれます。 地域通貨は、ものの交換の仲立ちという通貨本来の機 能に返って働きます。 Aさんが何かを余計に持っている。それを必要とする Bさんに渡したい。しかしBさんは今はAさんが必要と するものを何も持っていない。次の機会のために、ある いはCさんとの取引のために、交換価値を何かに代えて 取っておく。これはABC三者の間に信用があればでき ることで、特に国家の権威を必要としない。だから約束 ごとで発行した券でも役に立つ。 Aさんの余計なものは畑の作物や、趣味の産物、使わ なくなった道具や、また労働時間、専門知識に基づいた 助言など、いろいろ考えられます。一時間の草取りとか、 介護とか、特技を生かしての通訳などという例もあり得 る。 これらの例を見ればわかるとおり、農作物の直売や、 ガレージセール、ボランティア活動などとこの通貨は密 接に結びついています。今の経済システムの外で、その 弊害を避けて何か経済活動をしたいと願う人々の欲求と 重なっています。 互いに協約を結んだ数十人の人々がそれぞれの過不足 をやりとりする。具体的にはクーポン発行形式、通帳型 や小切手型などの口座変動形式、また借用証書形式など、 いくつかのやりかたが用いられます。 日本には稼働中の地域通貨がいくつもありますし、世 界では非常に成功している例もあるようです。 互いに顔を合わせての取引が基本ですから、参加者は 近くに住んでいなければならない。だから地域通貨とい うことになるのであって、最初から地域を限定している わけではありませありません。参加者が何十万人にもな れば地域はどんどん広がるでしょう。また各地の地域通 貨が連携し、やがて統一されるということも考えられる。 普通のお金があるのになぜわざわざこんな面倒なこと をするのか。 それは今のお金があまりに非人間的な怪物になってし まったからです。今のお金は、人々の生産活動をなめら かに繋ぐという本来の機能を大きく逸脱してしまってい る。 大きすぎる経済の前に、小さな、目に見えるサイズの 経済を置いてみる。広告に踊らされない自分を確保する。 外からの働きかけのないところで、本当に自分が欲し いものだけを手に入れる。そのために、ただ機械的にお 金を財布から出す(あるいはクレジット・カードを使う) のではなく、自分は何によってその対価を払えるかを改 めて考える。 衝動的に手に取ってしばらく使って飽きて捨てる、と いう消費行動の外に出る。 たぶんそういうことなのでしょう。 地域通貨はほんの萌芽にすぎません。 19世紀あたりから異常に肥大して怪物的になった金 融資本の暗躍を抑え、消費中毒から抜けだし、まともな 経済生活に戻るための手段の一つ、それもほんの始まり の部分です。まだまだ問題は多いし、失敗して消えた例 も少なくない。 それでもこれは意識の変化の前触れとしてとても意味 がある試みだとぼくは考えます。 今の世界は、アメリカの圧倒的な軍事力の支配下にあ るのと同じように、アメリカ・ドルの圧倒的な経済力の 支配下にあります。 金融資本としてのアメリカ・ドルは、アメリカという 国の管理さえ逃れて怪物的に成長している。資源を食い 荒らし、廃棄物の山を作り、途上国の農業を破壊し、次 の世代の生活基盤を崩している。 ドルに対抗すべくユーロや円を持ち出したのでは、同 じゲームに参加することにしかならない。 大事なのはこのゲームから降りることです。 地域通貨を含めて、さまざまな手段で経済を変えてゆ かなければならない。有限の資源から無限の資産が生ま れるという幻想をぼくたちは捨てるべきです。それで利 を得るのはほんの一部の人にすぎないのですから。 (池澤夏樹 2002−08−03)
しばらく海外で暮らすことになって、移動などに手間 取り、配信が遅れました。 このシリーズも3回目になりました。 多くの返信をいただいています(掲載許可をいただい たものについては、下記アドレスで紹介しています。ご 参照ください)。 http://www.impala.jp/century/comment/interest.html 今回の主題はイスラム社会における利子の話です。 イスラムは利子を禁止していると言われますが、これ はどういうことか。 イスラムでは利子は「リバー」と呼ばれます。 「アッラーは商売はお許しになった。だが利息取りは 禁じ給うた。神様からお小言を頂戴しておとなしくそん なことをやめるなら、まあ、それまでに儲けた分だけは 見のがしてもやろうし、ともかくアッラーは悪くはなさ るまい。だがまた逆戻りなどするようなら、それこそ地 獄の劫火の住人となって、永遠に出してはいただけまい ぞ」(『コーラン』のうち「雌牛」の章、275節 井 筒俊彦訳 岩波文庫) これが利子というものに対するイスラムの基本姿勢で す。利子を取ることを前提に金を貸してはいけない。 マホメットは啓示を受けるまでは商人でしたから、貨 幣というものの働きをよく知っていた。商品の交換を媒 介するという本来の機能と、利を生むという機能を区別 して考えていた。 座して金が増えるのを待つ不労所得の反倫理性に気づ いていた。 それでは元手を集めての商売ができないではないか、 と考えるのは早計です。 投資に対する配当と利子は異なるからです。 資金を持つ者と技術や能力を持つ者が協力して一つの 事業を興し、得られた利益を配分する。これは認められ ます。しかし機械的に金を貸して機械的に利子(あるい は高利)を取ることは認められない。貸し手の安全を保 証するために担保を取ることも原則的には認めない。 借り手に対して貸し手が強くなりすぎるのはよろしく ない。 資金の提供者と実務者の協力で利を得る協業の典型が 『アラビアン・ナイト』の中の「船乗りシンドバッド」 の話です。彼は仲間から資金を募って、それで商品を買 い、船で異国に運んで高く売って利を得ます。そして故 郷に帰ってその利を投資した人たちに配分し、自分の取 り分も得る。 物語の中では、この才覚あふれる冒険的な貿易商は途 中で難破してすべてを失い、なおも冒険を続けて、最後 には思いもよらぬ手段で利を得て故国の港に戻ります (宝石だらけの谷に落ちて、ポケットに宝石を入れた上 で、巨大な鳥の足に自分を縛り付けて脱出するとか)。 投資に必ず配当をつけて仲間に返すからこそ、彼は優 れた商人であり、イスラム世界の英雄なのです。 イスラム社会が21世紀の今、どういう経済原則で運 営されているか、一つの例として、Bさんから報告があ ったクウェート銀行の融資の仕組みを挙げてみます。 「自分で初めに購入したい家を見つけ、クェート銀行が その家を購入し、その後クェート銀行からその家を売っ てもらい、後は25年以内に月々家賃のようにクェート 銀行に返済します。この場合、借りる限度額は、年収の 3倍までです。 例えば80、000ポンドを借りて、20年に渡り返 済する場合は、月々620ポンド返していくことになる。 ということは、借りた元金の2倍近くを返済することに なります。 このことを電話で応対した銀行員に問いただすと、一 般の銀行とは融資の組み立てが違うだけで、実際の総返 済額はあまり変わらないと言われました。 これではイスラム法に則った融資とはいっても建前だ けで、「利子」という言葉を使わないだけの話です。 クェート銀行のこのThe Manzil Home Purchase Plans については、 www.iibu.comで詳しく御覧いただけます。」 (Bさんの報告はここまで) ぼくは「利子」という言葉を使わないという点が大事 だと考えます。結果的に同じことに見えても、利子に対 する警戒を忘れなければ、金融資本の活動に一定の枠が はめられる。 現代のヘッジファンドは、わずかな自己資金を担保に 大きな資金を引き出し、それを担保に更になおも大きな 資金を借り入れた上で、弱小国などに集中的にそそぎ込 んで利を得ます。一国の国民みんなの労働の成果をみん な持っていってしまう。 こういうことが行われるのは、巨額の資金を貸し付け る側が短期の高利を前提にしているからです。 国際金融資本の暴走を防ぐのに、イスラムの思想は役 に立つのではないか。 専門家の説明を見てみましょう。 「1970年代後半以降、イスラム回帰という時流の 中、リバーを利子一般と解し、イスラムの理念に忠実に、 利子を排した銀行業務を行うイスラム金融制度が世界各 地に設立された。その際に採用された基本的形態がムダ ーラバ契約であり、預金者と銀行との間に、また銀行と 資金借入業主との間に、ムダーラバ契約を結び、事業か ら生じた利益は契約時にあらかじめ合意された比率に応 じて分配された。」(平凡社刊『新イスラム事典』の 「イスラム銀行」の項。執筆者は加藤博さん) このムダーラバという言葉は協業と訳されます。船乗 りシンドバッドのやりかたです。家のローンの場合なら ば、家を建て、そこに暮らしながら働いて収入を得るこ とを一つの事業と見るのでしょう。 イスラム銀行はその後も増えて、今ではIMFなども 認める金融機関になっているそうです。 利子を巡るイスラムの思想は決して固定したものでは なく、今もさまざまな議論があり、多くの試みがなされ ています。もともと「リバー」は利息一般ではなく高利 のことだという意見もあったようです。抵当権を認める 説もあるらしい。 それでもイスラムの利子論は、強くなりすぎた現代の 金融資本に対する一つの代替案として意義があるとぼく は考えます。 利子を禁ずる神学的な理由は何なのでしょう。 リバーの語源は増殖ということです。 イスラムは一神教です。 最も徹底した一神教であるということができる。 この世界はすべて神の意思の表現であり、そうでない ものは一つもない。 古き多神教の信仰は豊穣の祭儀と結びついていました。 祭儀を執り行う祭司はしばしば精霊を呼んで、豊作の 確約をとりつけようとしました。 一神教はそういうマジカルな自然への働きかけを否定 するところから出発します。 神の祝福なしに精霊が勝手に穀物を増殖させてはいけ ない。穀物が増殖するか否かを決めるのは神でなければ ならない。 精霊の働きと金融の場における貨幣の働きは似ている。 それは共に神なきところで増殖に関わります。 限定なき増殖は、つまり無限ということ。無限は神の みの属性であるのだから、貨幣が勝手に増殖することは 許されない。それは偽の神を立てることになる イスラムが利子を禁じている根源の理由はこれではな いかと思います。 社会は制度によって成り立っています。 しかし、そこに住む者には万事の規範と見える制度も、 一歩外に踏み出せば疑うことができる。 今のぼくたちは高度資本主義という井戸の底から夜空 を見ています。空はぼくたちが思っているより広く、井 戸の底からは見えない星がたくさんあるのではないでし ょうか。 利子とイスラム神学の関係については中沢新一著『緑の 資本論』(集英社)が参考になります。 (池澤夏樹 2002−07−12)
前回の「あまりに根源的な解決策 1」にたくさんの 返信を頂きました。この問題には多くの方が関心を持っ ているようです。 ぼくの言いたいことを改めて要約してみれば、今の世 界に貧困や紛争がこんなに多いのは、ひょっとして利子 というもののせいではないかということです。 ぼくたちは利子の存在に慣れてしまっているから、こ れを疑うことはいやでも「根源的」になる。 ナイーブと言い直してもいい。 ある意味では子供っぽい。 ぼくが前回、子供の時に利子とは何かを大人に教えら れた時の驚きを書いたのはそのためです。 頂いた返信のいくつかを手がかりに、ぼくの論旨をも う少し先へ進めたいと思います。 利子というのはお金のレンタル料なのだという意見が 寄せられました。車を借りれば、それに対して料金を払 う。お金の場合も同じ。 しかし、お金と車の間には根本的な違いがあります。 車は具体物であり、お金はただの数字です。 レンタカーならば、走行距離計の数字が増えた分だけ 価値を減じて返ってくる。だから差額を補うべく料金が 生じる。しかし、(交換価値というお金本来の役割に話 を限定して考えれば)貸したお金は元のままの価値を保 って返ってきます。 車と違ってお金には減価償却ということがない。 なぜならば、お金は具体物ではないから。 汚れたお札は銀行に持っていけば新札と替えてくれま す。古い車は新車と替えてはもらえません。 最初から通貨の発行には恣意的な面がありました。 日本でも近世には財政が苦しくなると通貨の改鋳が行 われましたし、その結果、価値の低い通貨が出回って人 が新しい悪貨をまず使い、良貨をため込むというのが 「グレシャムの法則」です。 1971年に、戦後世界の基軸通貨であったドルが金 本位制を捨てた時に、お金は具体物の裏付けをすっかり 失い、純然たる数字ないし記号になりました。 今、世界の年間通貨取引高は300兆ドルだそうです。 しかし世界各国の国内総生産の合計は30兆ドルに過ぎ ないし、輸出入高は8兆ドルでしかない。 ものの流通に必要な額の何十倍ものお金が出回ってい る。言うまでもなく金融のためのお金ですが、そんなこ とが可能なのはお金が記号に過ぎないからです。 根源的な、ナイーブな疑問は同じくらいナイーブな段 階まで降りていかないと論じられません。 ある方からの返信で「新古典主義の経済理論によれば、 経済の成長率がゼロパーセントでも、(実質)利子率は 正になりえます」という指摘を頂きました。しかしぼく はまさにその「新古典主義の経済理論」をこそ疑ってい るのです。(*注) 貸した金がすべて戻ってくるわけではないから、利子 はその危険負担への対価だという説も寄せられました。 危険負担への対価ならば、危険率と利率は一致し、個 々の場合をまとめたトータルでは差し引きはゼロになる はずです。(預かった金を投資にまわさず、そのまま保 管するような保険組合を考えてみてください。) 頂いた返信の中で最も刺激的だった利子論は、農業と のアナロジーでした。 「かつて、歴史・哲学に詳しい友人に、以前から好奇 心を覚えているのだけれど利子の起源はなんだろうか、 と問うたら、彼の答えは『多分、穀物の種が栽培の結果 増殖する現象が利子のモデルだろう』というものでした」。 これは説得力がある。 日本史の授業で教えられた「出挙(すいこ)」という 用語を思い出しました。 春に役所が農民に種籾を貸す。秋の収穫と共に3割か ら5割、時には10割の利子をつけて返す、という古代 の制度です。(10割と言っても、収穫のではなく種籾 の10割だから農民の取り分も充分にのこる。) 農耕は成長の基本モデルです。 畑を作って、種を播く。何か月かすると一粒の種から 何百粒もの実りが得られる。 狩猟採集で暮らしていた時期には全面的に自然の恵み に依存していたから、現状維持が精一杯だった。長い歴 史を通じて人口はさほど増えなかった。 農耕を始めてから人は自力で自然から実りを引き出せ るようになり、人口は飛躍的に伸びた。文明が生まれ、 今に至っている。 農業は労働力の投資としてプラスです。 投入した以上のものが返ってくる。 だから農業を営む夫婦二人が平均して二人以上の子を 育て上げることができる。その分だけ人口は増える。 やがて畑の生産高が不足してくるから、また畑を開く。 そうやって人類は地球全体に拡がりました。 開拓によって畑を拡げたのと並行して、技術の進歩も ありました。本来は自然物であった植物を選び、育てか たを工夫し、穀物に仕立てる。さらにその生産力を増す ために知恵を絞る。 これによって人間は、知的能力によって豊かになれる という信念を得ました。 全体として畑は拡がり、収量は伸びてきたのです。 しかし、農業による富の増加は一定のところまで行っ て止まります。畑という具体物に縛られているために、 それは決して無限にはならない。原理的な限界がある。 実際、農業社会の伸び率はぼくたちが体験している経 済成長率よりはるかに低かった。 紀元前850年から1650年までの全世界の人口増 加率は0.07%でした。これは1000年かけて2倍 になるというくらいのゆっくりとした増加です(もっと 低い数値を挙げる学者もいます)。 それでもヒトという種がこれだけ着実に増えたために、 地球のエコロジーは大きく変わりました。 その後で、人口と経済が爆発的に伸びる時期が来た。 技術というものが経済に大きく寄与する段階が到来し、 経済は世界規模になった。 ぼくたちは今、その余波の中にいます。まだ人口は急 増しつつあるし、まだ経済は伸びることが期待されてい る。 人口増加率は経済成長率ではありません。 人口増加がそのまま経済成長というのは、要するに食 べるのに精一杯という状態です。 経済成長の一部を単なる人口増加ではなく生活の質の 向上に振り分けることで、住みやすい社会が作られてき た。言い換えればより贅沢に暮らすことに向けられてき た。 だから日本のように今後人口減が見込まれる国でも、 経済は成長してあたりまえと考えられている。 ここ数十年、世界全体で人口抑制策が考えられるよう になったのは、早い話がこの地球上にもう新しい畑を開 拓する余地がないからです。 収量を増やす技術の進歩にも限界があるらしい。 人間が食べないでは生きていけない以上、農業はすべ ての基本です。その農業にどこかで限界がくる。 同じことは石油や天然ガスなどのエネルギー資源につ いても言える。 少なくともここ100年のような爆発的な経済成長は 望めないのではないか。 なぜならば自然は具体物であり、単なる数字や記号で はないから。 足りなくなったからと言って印刷すれば済むというも のではないから。 畑や石油はもちろん、きれいな水や空気も不足しはじ めています。 ぼろぼろになった自然を持ち込んだら、まっさらな自 然と替えてくれるという銀行はないのです。 無限の成長は見果てぬ夢です。 原子力工学でいえば、増殖炉などはその見果てぬ夢の 象徴でした。燃やせば燃やすほど燃料が増える炉。 あるいは常温核融合というもっと素朴な夢らしい夢も ありました。 これからだってこの種の技術を待つことはできます。 万一にも手に入ったら万事解決。 しかし、それを予定として未来に組み込んではいけな い。 残り少ないことがわかっているから、今のうちに囲い 込んでしまおう。 一部先進国の姿勢にはこのような意図が見え隠れして います。 いちばんわかりやすいのは今のアメリカの政策です。 カザフスタンの原油の話も、京都議定書の否定も、要は 今まで同様の贅沢な生活の維持を目指すものでしょう (アメリカ国内における富の偏在にはここでは触れない でおきます)。 さて、話を利子に戻せば、ぼくはここで迷っています。 利子が何か根源的な間違いを含む制度なのか、あるい はここ数百年、ここ数十年、ここ十年が金融として異常 だったのか。 ヘッジファンドを利用して途上国の富を奪うのだけが いけないのか。 次回は最も根源的な利子批判であるイスラムの思想に ついて考えてみたいと思います。 (池澤夏樹 2002−06−17) 新世紀へようこそ 085 あまりに根源的な解決策について 1 先日、東京にあるカメラの量販店から葉書が来ました。 「お手持ちのポイント5000点分の有効期限は今月 末です。お早めのご利用を。」 ちょうど上京する用事があったので、店に寄ってたま たま必要としていた機材を買いました。 ポイントは無駄にならなかった。 これはどういうことかと後で考えました。 この店では五万円の買い物を現金ですると、その10 %に当たる五千円分がポイントとして計上されます。こ の五千円は次の買い物の時に支払いに当てることができ る。そのまま残して次々に加算してゆくこともできる。 その意味ではお金そのものによく似ています。しかし、 この店でしか使えないこと、有効期限があること、それ に預けておいても利子が付かないところが違う。 この店でしか使えないのは、もともと販売促進のため に考案された制度である以上、当然のことです。有効期 限があるのも頻繁に足を運んでもらいたいからでしょう。 似たような量販店のチェーンがいくつもあって、商品 や価格はさほど変わらない。この状況で、顧客をいわば 囲い込むためにこの種の制度が作られました。 一つを選んでそこだけで買い物をした方がお客として は有利になる。 似たようなものに航空会社のマイレージの制度があり ます。 無事に買い物を終えてぼくが考えたのは、なぜこのポ イントには利子が付かないかということでした。 逆の疑問。なぜお金には利子が付くのか。 子供の時に、利子というものがわからなくて大人に聞 きました。 郵便局や銀行にお金を預けておくと増える。そう教え られて、なんとすばらしいことだろうと思った。たくさ んお金を持っている人はその利子だけで働かずに暮らし てゆける。 本来、お金の原理は単純なものでした。 畑を作ろうが海で魚を獲ろうが、個人ごと家庭ごとの 自給自足はむずかしい。そこで余ったものと足りないも のを交換することになるが、しかし物々交換はとても煩 雑で大きなマーケットを作りにくい。余った物が欲しい 人の手元に効率的に届くためには、価値を数字で示した 媒介物があればいい。 これがお金の起源です。 それ自体に価値がないと人が受け取ってくれないから、 金や銀、銅、遠方の海でしか穫れない貝殻などでお金は 作られました。希少性が価値を保証し、偽物が出回るこ とを防いだ。 金貨は重くて扱いにくいので紙幣が用いられるように なってからも、どうしても金が欲しい人は持ってくれば 紙幣と金を交換するという制度がつい先頃までありまし た。いわゆる兌換紙幣です。 ここまではわかりやすい。 問題は、子供のころのぼくがすばらしいと思った利子 というものです。 お金はなぜお金を生むことができるのか。 子供に返って、大人の説明を聞いてみましょう。 世の中には事業を興すためにまとまったお金を必要と している人がいる。銀行などに預けたお金はそういう人 に貸し出され、やがて利子と共に返される。 だからお金を預けた人には利子が入る。 よく考えてみると、預けたお金と貸し出されたお金は、 まるで性格が変わっていることがわかります。 本来ならば額面の数字を保証されているはずのものが、 増殖するものになっている。 そこで子供であったぼくは疑問を持ちました。 事業というものはすべてうまくいって利を生むわけで はないだろう。中には立ち行かなくなって利子はおろか 元金も回収できなくなる例もあるはず(いわゆる元も子 もないという場合です)。 それを含めても、全体として利子が生じるという保証 はどこにあるのか。 実を言うと、この疑問は今も消えていません。 人がものを作って、交換して、消費して、暮らす。 そこまではわかります。それは天災などで破綻しない かぎり何百年でも続くでしょう。人が生活のために働く ことをぼくは疑わない。それはすべての生物がやってい ることです。これを否定しては生命は成り立たない。 しかし、利子という制度は最初から成長を前提として います。どこまで行っても止まらないはずのものとして 考えられている。 子供の体格の場合、成長はやがて止まります。経済の 成長はなぜ止まらないと言えるのか。なぜ無限の成長が 前提として認められるのか。 昔、人間が無知だった頃、世界は無限と考えられてい ました。 しかし(ヨーロッパに視点を置いて考えるとすれば)、 新大陸が発見され、アジアへの航路が確保され、オース トラリアと南極大陸が発見されたところで、世界は有限 になりました。 あるいは、つい最近まで人は大気は無限と考えていま した。いくら煙を出しても、やがてそれは拡散して消え る。ぼくが子供の頃、重工業地帯の煙突から吐き出され る黒煙は繁栄の象徴でした。 しかし、今では中国の工場が出す煙が酸性雨となって 日本に降ることが知られています。日本の援助で中国の 工場は煙突に脱硫装置を組み込んでいる。 大陸と同じように大気は有限でした。 無限というのは数学の概念です。 物理学に無限はありません。宇宙がどんなに広くても、 その起源がいかに遠くても、無限ではない。だからその 有限性を確定すべく努力する。これが物理学の基本姿勢 です。 万物は変わりゆくのだから、永遠や無限という言葉は 現実の物質世界には適用できない。 そして、ぼくたちは現実の、物質からなる世界に生き ている。まして、人類の経済活動は地球の上に限られて いる。 それならば、銀行が保証し、国と国際的な金融システ ムが保証しているところの利子というものの根拠である 無限の成長はあり得ないのではないか。 何かものすごく間違った前提の上にすべてが組み立て られている。 それは今の社会にとってあまりに根源的なものである ので、疑うことさえ恐ろしい。 しかし、いくら考えなおしてみても、そこに解決しよ うのない矛盾がある。 この「新世紀へようこそ」は2001年9月11日の、 ニューヨークとワシントンへのテロ攻撃と、それに対す るアメリカ政府の反応をきっかけに始まりました。 さまざまな話題を扱ってきたけれど、何を論じていて も、いちばん根源にあるのは何なのかという疑問がずっ とつきまとっていました。 全体の論調としてぼくはアメリカの攻撃的な姿勢を批 判してきたようです。 しかし、そうしながらも、アメリカを非難してどうな るものかという思いがつきまとっていた。 敵を見つけたと信じて、あいつが悪いのだと叫ぶだけ では、早い話が「悪の枢軸」を指さすブッシュ氏と同じ になってしまう。 ぼくの言葉は実効性を持つことなく、ただの自己満足 に終わる。 もっと深い根源的な問題があるはずです。 今、それが利子ではないかと考えています。 あまりに根源的すぎる。そうかもしれません。 しかし、だからこそ正面から取り組まなければいけな い。 大きな話題なので、一回では書ききれないようです。 この後、何回か連載のようなことになるかもしれません。 なるべく間をおかないよう心掛けます。 ぼくの先回りをしたい方は以下の本を読んでみてくだ さい。 (池澤夏樹 2002−06−10) 『エンデの遺言』 河邑厚徳・グループ現代著 NHK出版 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/asin/4140804963/impala-22/ 『エンデの警鐘』 河邑厚徳・坂本龍一著 NHK出版 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/asin/4140806672/impala-22/ 『緑の資本論』 中沢新一著 集英社 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/asin/4087745767/impala-22/
新世紀へようこそ 081 記念日だから少し憲法のことを考えてみる 今日は憲法記念日です。 日本国憲法が施行されてから55年になりました。 この間、さまざまな問題とぶつかりながらも、日本は この憲法のもとで運営されてきました。 それはよいことだった、とぼくは考えています。 改めて読みなおしてみても、日本国憲法はよくできて いる。 しかしながら、憲法が悪いから日本はこんな駄目な国 になった、と言う人もいます。 今の憲法は国民の権利ばかり尊重して、義務を軽視し ている。だからみなが無責任になって、国に甘えるばか りで、その結果、こういう国になってしまった。 本当にそうでしょうか。 現行の憲法のどこに問題を感じるか、という問いに対 してある論者は「例えば国民の権利と義務を定めた第三 章。権利という言葉は十六回、自由は九回出てくるが、 責任は四回、義務は三回しか出てこない。自由と権利を 重要視し、責任と義務を軽視してきた戦後の日本が実に よくここに現れている」と言います。 とてもわかりやすいけれど、この論は根底から間違っ ています。 なぜならば、憲法というのはもともとの性格からして 国民の権利と国の義務を既定するものだから。 国民と国の関係は最初から対等ではありません。 対等というのは、夫と妻のように、両者が同じカテゴ リーに属する場合にだけ使える概念です。 国と国民の間では、国の方が強すぎて問題が生じるこ とが多い。 官僚機構や法体系など、国の装置は強力です。放って おいたら、国を運営する権力者にとって都合のよい方に ばかりことが進む。 それでは国民は幸福になれない。 この事実を人は歴史から学びました。 国民のために国があるのであってその逆ではないとし たら、何らかの形で国の力を制限しなければならない。 主権在民を確実にするために憲法を作る。 これが近代国家の基本原理であり、だからこそ憲法は 他のすべての法に優先するのです。 その憲法に向かって、国民の権利ばかり書いてあるか ら駄目だと言うのは、熊に向かっておまえは熊だから駄 目なのだと言うに近い。 ちなみに、戦前の大日本帝国憲法でさえ、第二章「臣 民権利義務」に義務という言葉は二つしか出てきません (兵役と納税)。権利と自由についての規程は九つ書か れています(公務就任、居住移転、逮捕監禁審問処罰、 裁判ヲ受クルノ権、住所ニ侵入ならびに捜索セラルルコ トナシ、信書ノ秘密、所有権、信教ノ自由、言論著作印 行集会及結社ノ自由)。 実はこの先に「戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ」は 「天皇大権」がすべてに優先するという条項があって、 全部をひっくり返してしまうのですが。 (この「戦時又ハ国家事変ノ場合」という規程は今の 有事法制によく似ています)。 今の憲法では国に対する国民の義務は納税だけであり (第30条)、それで充分だとぼくは考えます。明治憲 法にあった兵役の義務は、幸いなことに新憲法下ではな くなりました。 教育の義務(第26条第2項)は子供に対するもので あり、勤労の義務(第27条)は自分と社会に対するも のでしょう。 その他の具体的な義務については個々の法律や条例で、 憲法の認める範囲内において、決めます。 憲法が国民の権利ばかり言い立てるから国民が無責任 になる、というのも通らない理屈だとぼくは思います。 この憲法ができる前から、日本には無責任の伝統があ りました。 1930年から1945年に至る長い戦争の間に、日 本軍はいくつもの作戦に失敗して重大な損失を出したけ れど、軍の首脳部は誰も責任を取らなかった。指揮を誤 った参謀が栄転することも珍しくなかった(例えばノモ ンハンと辻政信)。 また、戦争が終わった後も自発的な戦争責任論は起こ りませんでした、東久邇内閣が「一億総懺悔」と言った のは、要するに誰の責任でもないということでしょう。 しかもあれは国民全員が昭和天皇に対して敗戦を謝罪 するという意味であったらしい。話が逆ではないのか。 このところ確かに無責任の風潮はまた顕著になってい ます。官僚も、企業経営者も、銀行の首脳も、自分たち の失敗の責任を取ろうとしない。 しかし、景気がよかった時にはこういう責任論はあま り出なかった。経済が破綻したので、関係者が互いに責 任を押しつけ合っている、としかぼくには見えません。 憲法のせいではないでしょう。 憲法を変えれば彼らに責任感が戻るとも思えない。 法というのは倫理の最小限を決めるものです。 親孝行は美徳ですが、親不孝を法で罰するのは行き過 ぎになる(1995年の刑法改正で、尊属殺人を他の殺 人と区別して扱う規程もなくなりました。法の下におけ る平等という憲法の原則に反するからです)。 1920年から33年までアメリカにあった禁酒法も、 倫理的要求が高すぎたために失敗に終わった。 国民は国をよくするために力を尽くさなければならな い。その義務を国民は国に対して負っています。 国民として生きる以上、これは国に対する国民の根源 的な義務でしょう。 しかしこの義務はあくまで自発的なものであって、国 はそれを国民に強制してはならない。 「国があなたの為に何をしてくれるかではなく、あな たが国のために何ができるかを考えよ」 ジョン・F・ケネディのこの言葉は美しい。 ただし、これは大統領の就任演説の中だから美しいの であって、この趣旨が法として国民に強制されたら、こ れは結構きついファシズムの社会になるでしょう。 という風なことを5月3日に考えるのも、国民の義務 かもしれません。 (池澤夏樹 2002−05−03)
新世紀へようこそ 080 敗者を祀る 今月の21日に小泉首相はとつぜん靖国神社に参拝し ました。いつもながら賛否両論、いろいろな意見が出ま した。 この件について、ニューヨークに住んで12年になる というIさんからメールが来ました。趣旨の部分を引用 します。 小泉首相の靖国神社参拝が、また話題になっています。 それがなぜ問題なのかといった解説はさかんになされて いて、みなそれなりに理解できます。 私が知りたいのは、小泉首相も当然これらの事は分か っているはずであり、しかも国内、国外での決して小さ くはない政治的、その他のデメリットを考慮にいれた上 で尚、参拝しなければならない理由があるはずだという ことです。 「個人の信条」で済ますにはあまりにもリスクが大き すぎます。 (引用ここまで) ぼくも詳しいわけではないけれど、考えてみることに しましょう。 ある人が神社にお参りしたいと思って、実行する。こ れは何の問題もない。信仰の自由を日本国憲法は保証し ています。 しかし、日本の首相が靖国神社に参拝するとなると、 いくつもの問題が生じます。 第一の問題は、いわゆる公人か私人かという議論です。 今回について言えば、小泉氏は「内閣総理大臣 小泉純 一郎」と記帳し(これは公人的)、献花料3万円を私費 で払った(これは私人的)。 つまり、全体としては公人と私人の区別を敢えて曖昧 にしている。自分は鳥でもあり獣でもあるというコウモ リの論法です。 本当に私人として、「個人の信条」で参拝したのなら、 人に言わなければいい。本来ならば参拝は個人の魂の行 為であり、そこには他者は関わらない。 また記帳をするのに役職は書かないでしょうし、だい いち、普通は神社に参拝するたびにお賽銭は投げても記 帳はしない。 なぜ公人として参拝してはいけないか。 日本国憲法第20条の第3項「国及びその機関は、宗 教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」に 抵触するからです。 参拝された神社の側は、同じく第20条の第1項の後 半「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治 上の権力を行使してはならない」に違反することになる。 第二の問題は、参拝した先が「靖国神社」であったこ と。ここは外国の戦いで亡くなった日本の戦死者を神と して祀る特別の神社です。お稲荷さんや諏訪神社とはま ったく違う。 外国との戦いと書きましたが、しかし靖国神社の前身 である東京招魂社はもともと戊辰戦争や西南戦争などの 戦死者を祀るところでした。 つまり、日本の敵との戦いというよりも、朝廷や政府 に楯突く者との戦いの死者を祀る。 政府の意図に沿って戦って生命を失った人々を祀る。 その魂を鎮め、慰める。その意味で、ここは日本の政府 と密接な関係にあった。 この関係を憲法20条は否定しているのです。 もう少し踏み込んで言うと、戦争中、戦場に赴く兵士 は、万一戦死したら、その時は神として靖国神社に祀ら れると政府に言われて、いわば名誉を保証されて、死地 に向かいました。そこに国の代表が参拝するのは、死者 との約束を改めて確認することです。 ここで第三の問題として考えるべきは、大東亜戦争と か太平洋戦争とか呼ばれたあの戦争の性格です。 仮に、侵略を意図する者が大軍をもって日本に攻めて きたとします(元寇のような事態を考えてください)。 この敵を迎えて撃退するために戦った人々の中に死者が 出た。 そこで戦が終わってから、亡くなった人々を悼む施設 を造る。これならば話は簡単です。憲法20条に抵触し ない形の、無宗教の、施設を造ればいい。 しかし、あの戦争の戦死者の大半は海外で死んだ。本 当に防衛のために死んだのか、実は日本の方が侵略者で はなかったのか。 中国や韓国が首相の参拝を非難するのはそのためです (今回、中国の江沢民首席は非常に強く反発しました)。 首相の参拝は結果として侵略戦争を肯定しているように 見える。 話を元に戻して、Iさんの疑問です。 なぜ、小泉氏は靖国神社に参拝したのか。 あれは個人の魂に関わることではなく、高度に政治的 なふるまいです。それは当人も周囲もよく知っている。 そして、政治は妥協と計算から成っている。考えの異 なるA群の人々とB群、C群の人々をそれなりに満足さ せなければならない。全員の満足度の総量が最大になる よう考えて方針を決める。数学でいえば線形計画法です。 小泉氏がまず考えたのは遺族会という大きな票田でし ょう。改革はうまくゆかず、人気は下がり、立場が危う いのが昨今の小泉氏の立場です。今、彼にとって遺族会 の支持は必須であるらしい。 次に、日本人の中でも、あの戦争を侵略戦争だったと は考えたくない人々への慮り。その後で、あの戦争を否 定する日本人や、中国をはじめとするアジアの人々のこ とも少しだけ考えて、政治日程も視野に入れて、8月15 日を避けた。 つまりこれは配分の問題です。小泉氏は靖国神社とそ れに象徴されるものを重視した。しかし、あの戦争を否 定し、次の戦争を避けようとする人々の考えは軽視した。 Iさんが考えておられる以上に参拝のメリットは大き くリスクは小さい、と小泉氏は判断したのでしょう。 死者を悼むのは当然です。安らかに眠ってくださいと いうのも墓参では当然のこと。 けれども、自分の命を賭してまでよくぞたくさんの敵 を殺してくださいました、と感謝するのは問題を含んで いる。それでは日本と敵国という戦時中の対決の構図か ら抜けられない。 靖国神社の基本的性格は、戦死者への感謝です。だか ら亡くなった人々を英霊という美称で呼ぶことにもなる。 この場合、他の死者たちはどうすればいいのか。国内 で、空襲や原爆や地上戦で死んだ民間人、「敵国」の戦 死者ならびに巻き込まれて死んだ各地の民間の人々の魂 は誰が慰めるのか。 昭和20年の敗戦まで、日本は神道を国の宗教として きました。 明治以来、日本の政治家には西欧に対する恐怖感が色 濃くありました。西欧諸国は強い。何をされるかわから ない。 西洋の国が強い理由の一つにキリスト教という宗教が あるらしい。では日本にも国家を束ねるしっかりした宗 教を用意しようというわけで、明治の初期、国家神道が 整備された。 日本の古代神話には大きく分けて二つの系譜がありま した。一つはアマテラスを主神とする伊勢神宮の系統。 もう一つはスサノオとオオクニヌシを主神とする出雲神 社の系統。 アマテラスの側は勝者を祀ることを主に行い、スサノ オ/オオクニヌシの方は敗者の魂を慰めることを専らと してきた。 そして、江戸期までの日本人のものの考えかたでは、 後者の方が重視された。 なぜならば、それまでの日本人は、社会を安定させる ために大事なのは勝者を讃えることではなく、敗者の恨 みを慰め、怒りを鎮め、報復の連鎖を断ち切ることだと 信じていたからです。 勝者を讃えるのは次の戦に備えることであり、敗者を 祀るのは次の戦を避けることだとすれば、日本人は基本 的に平和主義者であったことになる。 実際、敗者の怨恨は日本人の思想においてなかなか大 きな役割を果たしています。菅原道真も、平将門も恨み を抱いて死んだ。だから、そのたたりを恐れて、道真と 将門についてはいくつもの神社が造られた。 敗者の怨恨を慰める思想は御霊(ごりょう)信仰と呼 ばれます。 こう考えてくると、明治の日本は勝ちを急ぐあまり、 敗者への配慮を怠ったという気がします。 その結果、戦後の日本にも敗者を祀るという考えがほ とんどありませんでした。自分たちだけが敗者だと思っ ている。 しかし、長い長い戦争の間、日本はずっと勝っていた のです。中国大陸で勝ち、真珠湾で勝ち、太平洋諸島か ら東南アジアに広く軍を展開した。すなわち、彼らは行 く先々で敗者を作っていた。 戦争が終わっても、その敗者たちの怒りと恨みを慰め ることを日本人は怠ってきました。 今の日本がかくも落ち目になった理由は、彼らアジア 太平洋の死者たちの怨恨のせいかもしれない(と江戸の 人ならば考えたことでしょう)。 東京には靖国神社しかない。ここでは、たとえその気 になっても、敗者は祀れない。 沖縄に「平和の礎(いしじ)」という施設があります (いしじは、いしずえの沖縄語読みです)。 南に海を望む丘の上の広い公園に、長い石の碑が連な り、そこに人の名が刻んである。 半端な数ではありません。234,183名(これは 1995年に碑が序幕された時の数字で、その後も毎年 追加しているので、今はもっと増えています)。 沖縄戦で死んだ人々の名をすべて記すというのがこの 碑の姿勢です。日本の兵士、アメリカの兵士、また日本 軍に徴用されていた朝鮮や台湾の人の名もあります。 しかし最も多いのは沖縄の民間人です。14万人以上、 つまり、亡くなった人の62%は民間人でした。戦争に 否応なく巻き込まれた人々でした。 この死者たちを前にして、兵士の栄光にどれほどの意 味があるかとぼくは考えます。 あの戦争の死者すべてを祀ることはできないか。 アジア太平洋の死者の名をすべて記した広大な碑をど こかに造ることはできないか。各国の遺族がこだわりな くお参りするというのは、まったくの夢想でしょうか。 明治国家神道の成立と出雲の関係については、原武史 さんの『<出雲>という思想』(講談社学術文庫)を参 考にしました。 『<出雲>という思想』原武史著 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/asin/4061595164/impala-22/ (2002−04−30 池澤夏樹) 前回の「078 町に戦車がやってくる」について、 多くの返信が届きました。特にイスラエル在住、あるい はイスラエルに関わりのある方からの意見が多数寄せら れました。 それを読んで、ぼくはまた考えています。 ジェニンの惨状は明らかになりつつありますし、アメ リカのパウエル国務長官の調停はやはり不調に終わりま した。 なぜヨルダン川西岸のパレスチナ人自治区にイスラエ ル軍の戦車が侵攻したか、なぜジェニンの難民キャンプ が破壊されることになったか。 ここで改めて、この事態について冷静に考えてみたい と思います。 この件についてはCafe Impalaのサイトにコーナーを 特設して、掲載許可をいただいたものに限られますが、 みなさんの意見を掲示できるようにします。 ↓ http://www.impala.jp/century/index.html 今の新聞などの論調でもイスラエル側の考えはあまり 報道されていません。なぜ戦車が出てくることになって しまったのか、イスラエル側の主張にも耳を傾けてみる べきではないか。 返信を寄せてくれた一人、イスラエル在住の山森さん が言われるのは、この事態が望ましいとは決して思わな いけれど、ではどうすればいいのかがわからないという ことです。軍を引いて自爆テロが収まるのか、それは誰 が保証するのか。 ここで山森さんの言葉の一部を引用します。引用には どうしても引用者の恣意が混じります。できれば山森さ んの論の全体を読んだ上で、それぞれに考えてください。 山森さんは言います―― 「私はイスラエルに正義があると言っているわけでは決 してありません。 ジェニンで起きた事に関しての詳細は分かりませんが、 イスラエルの手は汚れているのは間違いありません。そ の点ははっきりさせておきたい。 なぜイスラエル軍が自治区に入るのか、という点に関 しては、「アラファトが取り締まろうとしないテロの犯 人もしくは責任者を拘束するため」、という理由が、日 本の多くの方々には理解されていないような気がします。 それは侵攻、領土拡張のための口実にすぎないという見 解はもちろん成り立つでしょうが、私は自分自身イスラ エルの大多数の人々を和平に向けて説得しようとする試 みをずっと続けてきた関係上、池澤様のお考え、解決案 を本当に聞きたいのです。」 (引用ここまで―「from Israel 3」より) 山森さんはイスラエル国内の論調の中では和平派です。 武力行使もやむを得ないと考える(残念ながら今は多数 の)イスラエルの人々をどう説得すればいいかと考えて おられる。 ぼくが「イスラエルは多くの点で現代の常識が通用し ない国です」と書いたことについて、山森さんは「いさ さか感情的にすぎるのではないかと思います」と言われ る。言葉の選択を誤ったかもしれませんが、これを「特 異な国」と言えばどうでしょうか。軍備への過大な依存、 高い税率と兵役の負担、アメリカの援助、なによりも周 囲の国々との不安定な関係。核兵器を持っているという 隠された事実。 すべてイスラエル自身が選んだわけではないでしょう が、しかしすべて周囲が押しつけたわけでもない。 ここで、いかに部外者とは言え、極端に総論に走るこ とは慎みましょう。イスラエルの建国の由来、国土獲得 の合法性、占領地と入植者の問題などを持ち出すのは今 は控えます。イスラエルはともかくも存在する。 そして存在し続けるためには、上記のような特異な国 になるのもしかたがないのかもしれない。 そこまで認めた上で、イスラエルの人々に問いたいこ とが一つあります。 パレスチナ人はどこにいるべきなのか。 a 彼らは難民として嫌われながら各国をさまよう。こ れはかつてのヨーロッパにおけるユダヤ人の運命です。 b 難民キャンプの中で生まれて、暮らして、死ぬ。こ れはかつてヨーロッパ各地にあったゲットーの暮らしに 似ていて、たぶんそれよりずっと過酷です。 たしかに今のパレスチナ人の政治組織が有効に機能し ているとは思えません。アラファト議長は統治の権能に 欠けるかもしれない。しかしパレスチナ側に統一した政 治組織を作れなかったについては、イスラエルにも責任 の一端はあるのではないでしょうか。まともな交渉相手 と認めなかった。その権威にしばしば疑義を挟んだ。交 渉のテーブルに着くことで相手を認知することを避けた。 パレスチナ側、特にPLOの弱体化はイスラエルが望 むところであった。その結果が今のアラファト議長の無 力ではないのですか。 だから、イスラエル側にとってパレスチナ人の最も望 ましい姿とは何かを問いたいと思うのです。 かつてイスラエルのゴルダ・メイヤー首相は「パレス チナ人は存在しない」と言いました。今、これが間違い であることは明らかだと思います。パレスチナ人は存在 します。問題はどこに存在すべきか、です。 敵対する者は似てくるという不思議な現象があります。 土地を奪われたパレスチナ人は必死で教育に励み、知的 な能力を身につけることで生活を立てるようになりまし た。彼らの知的活動のトップにあるのが『オリエンタリ ズム』という名著を書いた在アメリカの思想家エドワー ド・サイードです。また、湾岸戦争まで、クウェートな どではパレスチナ人は医療や教育や行政の分野で要職に ありました。 この生きかたはどことなくユダヤ人に似ている。 同じように、シャロン首相に率いられるイスラエルの 強硬派とパレスチナ側の武闘派はその戦略においてよく 似ています。相互に育て合っているような気がする。 平和に至る道は険しいものですが、単純なルールを仮 定できないわけではない。 二つの選択肢があった場合、常に平和的な方をまず選 ぶ。それが駄目とわかった時に始めて第二の方法に移行 する。 武力というものが一切不要であると言うほどぼくは楽 天的ではありません。武力に頼らざるを得ない事態も世 の中にはある。 しかし、平和のオプションをすべて試した後でなけれ ば、武力行使は正当化されない。アメリカのブッシュ大 統領はアフガニスタンを攻撃する前にビンラディン氏の 身柄引き渡しについて何段階か平和のオプションを試す べきでした。 オスロ合意が崩れたについて責任は双方にあるのでし ょうが、ラビン首相がイスラエル内の過激派に暗殺され たこととシャロン氏が岩のドームを訪問したことの影響 はとても大きいようにぼくには思われます。ただしこれ は鶏と卵、売り言葉に買い言葉ですから、それを言って もことは解決しないのでしょう。 やはり各論に割り込むのは控えておきましょう。 そこで、やはりぼくの問いは最も大きな総論に戻って しまいます。 パレスチナ人はどこに行けばいいのか。 イスラエルの戦車にはまだ帰るところがある。 ではパレスチナ人は、イスラエル国内も国外も含めて、 自爆テロを自粛した後で、どこに帰ればいいのでしょう か。 イスラエルの国論が一つにまとまっていないことは承 知しています。イスラエルは民主主義国です。 それならば今の主流と言える意見、シャロン首相を支 持する人々の意見では、パレスチナ人はどこに行くべき なのか。 和平とは、抽象的な遠い目標を掲げて、そちらに向け て一進一退を繰り返しながら、実現してゆくものだと思 います。だからぼくは最後のあり得べき姿を知りたい。 人の中では理性よりも感情の方が強い。身内を殺され た恨みはなかなか忘れられるものではありません。今の 事態は和平を何十年か遅らせるかもしれない。 その一方で、人には対決の緊張感に疲れることもある。 本音のところ、延々と続く殺し合いに双方うんざりして いるという一面もあるのではないかとも考えます。 また、イスラエルとパレスチナの問題は当事者の意向 とは別に周囲の情勢にいつも翻弄されてきました。ソ連 の崩壊は事態を大きく変えた。湾岸戦争でサダム・フセ インがいきなりパレスチナとの連帯を唱えたことは、結 果としてPLOの力を削ぎ、イスラエルを利することに なった。アメリカ政府の動向はイスラエル支持という基 本姿勢に直結していました。 そう考えると、イスラエルもパレスチナも国際政治と いうビリヤードの球の一つでしかないのかもしれません。 だからこそ、彼らが 自分の運命を自分で決めるのを応 援すべく、それぞれの最終的な着地点を知っておきたい。 パレスチナ人はどこにいるべきなのか。 総論でしかないことを承知の上で、感情論を抑制して、 要点を問うたつもりです。 (池澤夏樹 2002−04−22) 自分の町が外国の軍に占領されるとはどういう事態か。 人が普通に暮らしている町に戦車と兵士がやってくる。 主要な交差点ごとに戦車が居座り、砲塔をゆっくりと 回して威嚇する。 街路には自動小銃を腰の位置にかまえた完全武装の兵 士が何人もいる。 ロケット弾を満載した攻撃ヘリが頭上を飛び交う。町 のどこかから砲撃の音が聞こえる。空には黒い煙が漂い、 硝煙の匂いが立ちこめている。 ジェット戦闘機がものすごい爆音と共に低空で飛び抜 ける。 住民は外出を禁止されます。仕事はもちろん、買い物 にも行けない。家の中の食べ物がなくなる。一般車両の 運行が禁止されているのでマーケットに商品はありませ ん。 子供が病気になっても何もできない。猛烈な腹痛や高 熱や下痢といった症状で衰弱してゆく子を、ただ抱いて いることしかできない。 家人が死んでしまったのに、遺骸を運び出せないので、 そのまま一緒に暮らしているという噂が伝わります。 救急車の運行も制限されます。検問所で停められたま ま、その救急車の中で出産した女性の話がありました。 赤ん坊は死んだそうです。 外出禁止は徹底しています。 時にはトイレにも行けない。 ミゼル・ジブリンという15歳の少年の話です── イスラエルの兵隊は、僕たちが家の外にあるキッチン やトイレへ行くのも邪魔をしました。信じられない状況 です。トイレは家から離れているので、妹はカラのゴミ 箱を使っています。僕はそれを拒否して、外のトイレへ 行っています。父と母は止めますが、僕が言い張るので、 あきらめて、気をつけるようにと言います。 トイレが終わると、兵隊たちが取り囲んで、手を上げ るように言います。そのうちの1人が僕を押して、尋問 を始めました。「何をしているんだ? 名前は? 歳は?」 僕が答えた時、彼らは僕を殴ろうとしました。そこへ父 が「やめろ、やめろ、子供がトイレに行っただけじゃな いか」と叫びました。彼らは僕を放し、僕たちの家に突 入しました。 彼らは妹たちと弟たちと僕を小さなキッチンへ閉じ込 め、家の中のものを壊しました。彼らは父を捕まえ、殴 りました。ほかの男の人たちも捕まえられ、殴られまし た。そのあと、父やほかの男の人たちの頭にビニール袋 をかぶせ、どこかへ連れ去りました。 これが占領というものだということがわかりました。 僕はこれを決して忘れません。僕は言います、占領を止 めてください。威張るのをやめ、殺すのをやめてくださ い、‥‥やめてください! (引用ここまで) 住民を学校などに集めて一人一人尋問が行われる。対 象は15歳以上65歳までの男性。 屈辱的な尋問の後で家に帰される者もいるが、軍のキ ャンプや入植地にある拘留施設に送られる者も多い。 銃を手にした兵士、その銃を使うことをためらわない 兵士を前にして、反抗は無意味です。むしろ相手は反抗 を待っている。あなたを撃つ理由ができれば喜んで撃つ。 だから挑発に乗ってはいけない。 言葉には拳、投石には銃弾、銃弾には砲弾、手榴弾に はロケット弾。これがこの町の暴力の交換レートです。 家宅捜索が行われる。 家の中に兵士がどやどやと入ってきて、ものを壊す。 以下はさる男性の報告── 私の隣人の70歳になる父親はアラファト議長の官邸 の近くに住んでいます。イスラエル兵は金曜日にこの父 親の家に押し入り、ライフルの台尻で手当たり次第に破 壊し(テレビ、流し、家具など)、挙句に現金を盗みま した。イスラエル兵が銀行、両替所、宝石店に押し入り、 現金や宝石を盗んでいるという報告があります。 (引用ここまで) 自分の身にこういうことが起こっていると想像してく ださい。 あなたの町ならば戦車はどちらから来るか。 駅前のバス・ターミナルを踏みつぶして、そこに戦車 が坐り込む。 50トンの戦車が走った後の道は舗装もぼろぼろにな っています。 何軒かの家がダイナマイトで破壊されました。 家宅捜索と称していきなり兵士が家に押し込んでくれ ば、子供は脅えて泣きます。親はこの事態をどう説明す ればいいのか。家から一歩も出られないまま、恐怖にお ののく子供に何を言えばいいのか。 テレビでも見せようと考えてスイッチを入れると、な んとテレビは昼間からポルノをやっている。 放送局は軍によって占拠されています。ポルノは、こ れでも見ていろという侮蔑の表現です。 これが昨日今日のイスラエル占領地内に何か所かある パレスチナ自治区の実態です。 イスラエルのシャロン首相は、3月29日以来、イス ラエル国民に対するテロを理由に自治区に対する武力弾 圧を行っています。またパレスチナのアラファト議長に テロの責任ありとして官邸に監禁しています。 国連や、EU、ロシア、アメリカは先日、イスラエル 軍の即時撤退を求める共同声明を発表しました。またア メリカのブッシュ大統領はシャロン氏を抑えるべくパウ エル国務長官を中東に派遣しました。パウエル氏は延々 と中東諸国を回った後、ようやくイスラエルに入りまし たが、成果はあまり期待できそうにない。 シャロン氏は「テロが続くかぎり作戦は続行する」と 言っています。 これは矛盾です。なぜなら軍を動かす作戦そのものが 挑発であって、これがパレスチナ人の反発を呼び、テロ となって返ってくるのですから。 先に書いたような自治区住民への圧力は、嫌でも屈辱 感を生みます。名誉心のある人間がああいう扱いをされ て反抗を思わないはずがない。それがいかにして自爆テ ロの意志にまで濃縮されるのか、その過程はぼくにはわ かりませんが、想像することはできます。 イスラエル国民の中からも、このあまりの強攻策に反 対する声が挙がっています。1万人規模の反戦デモがあ りましたし、「071 イスラエルとパレスチナ」で紹 介した「拒否する勇気」というサイト名を持つ組織、パ レスチナ自治区での軍務を拒否する予備役の将校と兵の 組織には今、417名が名を連ねています。 しかしその一方、39名の将兵が軍の刑務所に入れら れているともサイトは伝えています。 4月6日以降、ジェニンの自治区でイスラエル軍がパ レスチナ人を虐殺しているという報道があります。パレ スチナ側は500人以上が殺されたと言い、イスラエル は100人と言っていますが、人が殺されたことは認め ている。 今のところ現地にはジャーナリストは近づけないよう です。赤十字でさえキャンプのほんの一部にしか入れな い。イスラエル軍がブルドーザーで死体の山を埋めてい るとも伝えられます。 ジェニンに来た戦車は、居座っただけでなく、走り回 って実際に人を殺した。 コラムとしてはここで何か結論めいたものが欲しいと ころですが、結論はありません。 今はともかくイスラエルが軍を引くこと、それにつれ てパレスチナ側のテロも終息し、オスロ合意まで戻って 長い和平への過程が再び始まるのを待つしかない。 シャロン氏はこのまま軍事力でパレスチナ人の抵抗を 抑え込みたいのかもしれませんが、それはむずかしいで しょう。 アラブ系の国民の権利を明記したくないというので憲 法も持たない国、今もできることなら軍事力で領土を広 げたいと考えている国(ヨルダン川西岸もガザ地区も「 占領地」であってイスラエルの正規の国土ではない。パ レスチナ自治区というのは、この占領地の本当に小さな 島でしかない)。イスラエルは多くの点で現代の常識が 通用しない国です。 人は過去の不幸から学びます。ナチス・ドイツに600 万の同胞を殺されたユダヤ人が得た教訓は二つありまし た。第一は、人種差別は大きな不幸を招くということ。 第二はナチス・ドイツのように強くなければだめだとい うこと。この二つは互いに矛盾しています。 今は第二の教訓ばかりが前面に出ているようです。難 民キャンプの実情はかつてのワルシャワのゲットーなど によく似てきました。 1948年の独立の時、また1960年に『栄光への 脱出』という映画が作られた時、イスラエルの国民は本 当にこのような血まみれの未来を予想していたのでしょ うか。 町から戦車が出てゆくのはいつのことでしょう。 (池澤夏樹 2002−04−14) おもしろい本を読みました。 『戦争プロパガンダ 10の法則』(アンヌ・モレリ 著 草思社 1500円)。 この半年、ぼくがこの「新世紀へようこそ」でしばし ば述べてきた戦争と広告技術の関係をわかりやすく整理 してくれる本です。 著者はベルギーの歴史学者。 第一次世界大戦から湾岸戦争を経てユーゴスラビアと コソボまで、ヨーロッパから中近東あたりを舞台にした いくつかの戦争を扱っています。 しかし、この10の法則は日本が関わった東アジアと 太平洋の戦争にも、今回のアメリカとアフガニスタンの 戦争にもそのまま適用されたものです。 具体的に見てみましょう。数字の後の「」内が本書が 掲げる法則で、その後のはぼくが気づいた実例です。 >>1 「われわれは戦争をしたくはない」 >>2 「しかし敵側が一方的に戦争を望んだ」 この1と2はだいたいセットです。太平洋戦争前夜な らばABCD包囲網、湾岸戦争ならばクウェート侵攻。 >>3 「敵の指導者は悪魔のような人間だ」 ヒトラーになぞらえるのが第二次大戦後の流行です。 日本では「鬼畜米英」と敵国民全体を悪魔にしました。 また湾岸戦争でブッシュ氏(父)はフセイン氏の名であ るSadamをわざとSatanに似せて発音していました。 >>4 「われわれは領土や覇権のためではなく、偉大な >> 使命のために戦う」 ブッシュ氏(子)の言う自由と民主主義。 >>5 「われわれも誤って犠牲を出すことがある。だが >> 敵はわざと残虐行為におよんでいる」 自分の方は目標を軍事施設に限ったピンポイント爆撃 のたまたまの誤爆。相手方は「保育器から未熟児をほう りだしたイラク兵」や「原油まみれの水鳥」。 ちなみにこのイラク兵の話はヒル・アンド・ノールト ンという広告代理店の創作でした。 >>6 「敵は卑劣な兵器や戦略を用いている」 アメリカの言う真珠湾の不意打ち。 >>7 「われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被 >> 害は甚大」 いわゆる大本営発表。 >>8 「芸術家や知識人も正義の戦いを支持している」 日本でも実際多くの文化人が軍の宣伝を手伝いました。 戦争賛美の詩を書いた詩人もいたし、絵も多く描かれた。 終戦後、そういうことはなかったことにされた。あの 戦争は負けたからいけなかったのか、勝てる戦争ならや ってもよいのか、そういうことを突き詰めて考えた文化 人はあまりいなかった。 >>9 「われわれの大義は神聖なものである」 ブッシュ氏の「無限の正義」。かつての日本ならば 「天に代わりて不義を討つ」という歌。 >>10「この正義に疑問を投げかける者は裏切り者であ >> る」 典型は今回のアメリカの批評家スーザン・ソンタグ。 カミカゼ攻撃よりもミサイルの方が卑怯だと発言して、 猛烈なバッシングを受けました。 以上ですが、この10の原理を上手に応用すると、平 和を好む国民を戦争に導くことができます。 この種の宣伝のどこがいけないのでしょう。 戦争には大義が必要です。朝鮮が欲しい、満州が欲し い、中国全土が欲しいなどと露骨に言ってはいけない。 だから大東亜解放というスローガンが正面に押し出され る。 「どんなさもしい人間でも、利己的で卑劣な動機をわ ざわざ明かそうとはしない。むしろ、善意や愛他主義を 装うだろう。そして、肯定的なイメージを保持するため に、まず自分を納得させる。まず自分を騙すのだ」とこ の本にはあります。 今回にしてもカザフスタンの石油が欲しいとは言えな いから、タリバンの圧政に苦しむアフガニスタン人を解 放すると言う。 人間の中にはさまざまな欲望があります。欲望の実現 は満足につながる。この満足を幸福と呼び換えることも できる。 そして、どうやらいい人でありたいという欲望は、あ れが欲しいという単純な物欲よりも高級であるらしい。 これは決してシニカルな意味で言っているのではあり ません。良くふるまおうという意思は倫理の基本です。 困っている人を助けるのはよい行いです。 戦争宣伝はそこのところを巧みにすり替えて、卑劣な 行為を崇高なものにする。 アメリカも、ヨーロッパ諸国も、日本も、民主主義国 です。原則として、国民が納得しない政策は実行できな い。 国民が正しい判断をするためには、真正な情報が手元 になければならない。しかし、現代の民主主義の手続き ではここのところが最も危うい。政府は自分にとって都 合のよいことしか国民に伝えない。メディアは政府から 独立して報道をするはずですが、実際にはこの独立がな かなか保てない。 しかも、人の感情を操作する広告の技術はいよいよ発 達してきています。広告代理店は営利企業ですから、人 間一般の倫理には縛られない。費用対効果しか考えない。 ここに現代の民主主義の弱点があります。 では、ぼくは民主主義というものをそんなに信じてい るのか。 しぶしぶながら信じていると言いましょう。 十人が集まって議論したところで、知恵が加算されて 十倍になるわけではない。お互いに相殺しあって一人の 知恵よりも少なくなるかもしれない。利害の対立は議論 ではなかなか収まらない。 まして付和雷同の衆を煽っての議論なき多数決など、 数のファシズムでしかないかもしれない。 それでも、民主主義では責任は自分たちにあります。 敗戦のような不幸なことになっても他人のせいにはで きない。自分で選んだ道ならば、結果が悪くとも自分の せいと納得するしかない。 これは独裁者という他人に運命を左右されて後で泣く よりはずっとよいことです。 結局、民主主義というのはこれだけのことではないか と思います。 だから、後になってよくない結果を受け入れるために は、判断の時点ですべての情報が手元になければならな いのです。候補者は嘘をついてはいけないし、政府は隠 しごとをしてはいけない。 騙されての判断では納得できないでしょう。 戦争プロパガンダはその点で民主主義の基本条件を損 ないます。 相手は悪魔ではないし、相手だけが卑劣なのではない。 指導者が狙っているのは正義の実現ではなく、相手国の 資産かもしれない。 戦う国の国民はみなそう疑ってみることが必要です。 高い倫理を掲げる指導者を疑い、勝ち組に相乗りする だけでなく、負け組の事情も想像すべきです。 平和というのは、一国ではなく世界全体の安定と満足 のことですから。 (池澤夏樹 2002−03−28) 『戦争プロパガンダ 10の法則』 アンヌ・モレリ著 草思社刊 1500円 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/asin/4794211295/impala-22/
有事法制を国会に提出する準備が進んでいます。 この一連の法案について、断片的にはいろいろな情報 が伝わってくるのですが、しかしわかりにくい。 有事というのは戦争になった時のことで、そうなった ら敵に勝つことが最優先事項になる。そのために自衛隊 は自由に動けなければならない。 日常の法律を無視して行動することもあり得る。 だから、そういう時にはこの特別の法の方が優先的に 適用されますよという法を作っておく。 だいたいそんな趣旨なのだろうと思います。 たとえば、自衛隊が陣地を作るのに最適の場所が私有 地である。所有者がいて許可が得られればいいのですが、 いないと困る。その時には陣地を作ってもかまわない。 一時的な私権の侵害は許される。 所有者の側から見れば、旅行から戻ってみると、庭が 高射砲陣地になっている。丹誠のバラが踏みつぶされて しまった。 でも、しかたがないのです。戦争ですから。 あるいは、いつものように出勤して、その日の手術な どの予定表を見ていた外科医のところに自衛隊員が来て、 病人を置いてすぐ野戦病院に出頭するように言われる。 徴用です。 病人よりも負傷兵の方が優先される。戦争なのですか ら。 別の例。車を運転していて、燃料の警告灯が点いたの でガソリン・スタンドに入った。 ところがガソリンを入れてくれない。ここにある分は ぜんぶ自衛隊が使うと決まっているから売れないと言わ れる。 家に帰れないからなんとかしてよと頼んでも、あなた に売るとわたしが処罰されます、と断られる。売ったら 6か月以下の懲役です。 あなたは諦めて車をそこに残し、遠い道を歩いてすご すごと家に帰る。戦争なのだからしかたがないと言いな がら。 ここまではわかりやすい。 しかし、ずっと説明を聞いていると、何かが違うとい う気がする。 ここまでに挙げた例では、この有事法制は日本国内で の地上戦を想定しているようなのです。 歴史を見ればわかるとおり、最初で最後に地上戦が日 本の国内で行われたのは57年前の沖縄でした(厳密に 言うと、その前に硫黄島の戦いがありましたが)。日本 軍は国家総動員法という軍事最優先の法を持っていたの にやはり負けた。 その後、ぼくたちが記憶している地上戦はゴジラ映画 の中で見たものだけです。戦車は踏みつぶされ、戦闘機 はたたき落とされ、さんざんなものでした。 「自衛隊」である以上、自国の領土に踏み込まれたら 撃退するのが義務です。もともとそのためにあるのです から。そのために世界第三位という規模の軍事予算を投 入しているのですから。 しかし、敵の上陸はあり得るのか。ゴジラは来るのか。 冷戦のさなかには、ソ連が攻めてきて、北海道で戦車 戦が行われるという事態が想定され、それに基づいて演 習が行われました。しかし冷戦は終わった。 中国の人民解放軍が大挙して攻めてくることもまずあ り得ない。そういう時代ではないでしょう。 北朝鮮はどうか。これも来るとしたら上陸用舟艇の大 群ではなくミサイルのはず。 もしも若狭湾沿いのいわゆる原発銀座にミサイルが飛 来して原発に命中したとしたら、それは自衛隊にとって すでに大敗したことを意味します。 それ以前に日本の外交の大敗です。 その先の救援と復旧の作業は自衛隊本来の仕事ではあ りません。少なくとも日常の法を超えてまで自衛隊が動 く緊急性はもうなくなってしまっている。 それとも、報復のために戦争を始めるのでしょうか。 非常の場合のために普段から準備をしておこうという 主張はわかりやすいけれど、非常の場合の中身が問題で す。現実的な脅威であることが立証されないかぎり、主 張は安全を盾に取った脅迫でしかない。 水害を防ぐためと称してダムを造る。しかし、ダムよ りも源流近くの山の植林や、遊水池や、堤防の補強の方 が低コストで効果的だったら、そちらを選ぶべきです。 安全のための先行投資には脅威の中身とコストをきち んと評価することがまず要求される。 有事法制が作られた場合の国民のコストは何か。 これが基本的には私権の大幅な制限を目的としている 点と、有事を定義するのが時の政府である点です。 アメリカと日本の密接な関係を考えると、この法制の 最も危険な面が見えてきます。巻き込まれる。 今でもアメリカ軍と自衛隊は連携プレーを演じていま す。海外へ出た自衛隊の仕事はアメリカ軍の後方支援で す。国内ではアメリカ軍の護衛です。 しかし、それだけでは済まなくなる。 今のアメリカ政府はこれまでになく好戦的です。イラ クとイランと北朝鮮に戦争を仕掛けようと言っている。 韓国の太陽政策をアメリカは壊しました。 アメリカが北朝鮮を攻撃する。 日本政府が有事を宣言して、この法制が適用される。 沖縄や横須賀、横田、厚木、岩国などのアメリカ軍、な らびに全国の自衛隊は臨戦態勢に入る。そして、この法 制のために周辺の民間人は協力を強いられる。 ベトナム戦争中の沖縄のように軍がすべてに優先する。 有事法制はそういう事態を想定しているのではないか。 つまり、この法制があると北朝鮮などに戦争を仕掛け やすくなるのではないか。 攻められた時の備えというのは見せかけで、攻める時 を考えているのではないか。 アメリカが悪の枢軸などととんでもないことを言って いる今、北朝鮮攻撃はありえないことではない。 今朝の「沖縄タイムス」は嘉手納基地にクラスター爆 弾(MK−20)が配備されていると写真付きで報じま した。北朝鮮で使うための配備ではないかと言われてい ます。 新ガイドライン、周辺事態法、テロ特措法、去年の自 衛隊法改正、そして今回の有事法制、一連の法整備で日 本は戦争ができる国になりつつあります。 ブッシュ政権の基本方針は話し合いより武力です。 日本もその後についていって、どこかの国の人を何十 万人も殺しますか。 ゴジラは来ないでしょう。 しかし、こちらがゴジラになって出てゆくのはゴジラ が来るより悪い、とぼくは考えます。 アメリカがする戦争に協力する体制を作るのではなく、 なんとか好戦的なアメリカを抑える方が急務です。 イギリスでさえ、イラク攻撃には国民の51パーセン トが反対しています。日本国民はどういう意思を表明す るのでしょう。 (池澤夏樹 2002−03−24) 世の中がとても殺伐です。 国の中も外も嫌な話ばかりだから、どこか清冽なとこ ろに行きたいと願う。 しかし今の現実にすっかり背を向けるわけにもいかな いと考えなおす。自分が混乱していることに気づく。 そういう時に、お薦めのカフェがあります。映画『少 年と砂漠のカフェ』の舞台となったこの店は、今の問題 と深く関わりながら、清冽な印象も与えてくれる。 イランのアボルファズル・ジャリリ監督の作品で、ぼ くはこの映画に熱をあげています。 場所はイランの東の方、アフガニスタンとの国境から あまり遠くないデルバランというところ。 大きなトラックが轟々と通る街道のほとりにカフェが あります。砂漠の中に道があって、そこに砂漠色の建物 があって、行き交う運転手が休憩する。壊れた車が入っ てくると、近くに住む修理工が呼ばれる。 ぜんぜんおしゃれでない、ごく実用的なカフェです。 ここで一人の少年が手伝いとして働いている。 実際このキャインという子はよく働きます。身寄りが ないから自活するしかないのだけれど、それにしてもよ く働く。 この映画には彼が走る姿を写したショットが何度とな く繰り返されます。その姿が美しい。走ったり、故障し た車を押したり、荷を担いだり、彼の身体の動きのいち いちが美しい。カメラはすっかり彼に惚れ込んでいるよ うです。 自活しているということは自立しているということで もあって、キャインは知恵もあれば度胸もある子です。 交渉にはねばり強いし、頼みごとはしつこい。言うべき 文句は堂々と言う。大人の頑迷を前にして「まったく、 もう」という表情を見せるところなど、一人前です。 だから、カフェを経営する老夫婦は迷い込んだこの少 年を愛している。頼りにもしている。 不法滞在者である彼をかばって、警察官が来るとさっ と隠す。それでも捕まった時には貰い下げにゆく。老夫 婦の妻のハレーは片足がないのですが、松葉杖で警察に 乗り込んでまくし立てる。 不法滞在者。キャインはこっそりイランに来たアフガ ニスタン人です。 イランは、他の国同様、勝手な越境者を認めません。 見つけたら送還する。カフェは人の出入りが多いから、 取り締まりのためにしばしば警察官が立ち寄ります。 キャインは見つかってしまう。 そこでハレーは警察に乗り込むわけです。 全体として、この映画は国籍の異なる者どうしがいか に親しくなり、相手を認め、共に暮らすようになるかと いうことを主題にしている。ぼくはそう見ました。 しかしそれは嘘っぽい仲よしごっこではない。 アフガニスタン人とイラン人がトランプで遊んでいる うちに、インチキをしたのしないので口論になり、口ぎ たなくののしりあって、やがて手が出る。 だが、そこまで。 刃物は出ない。世の争いの99.99%はそうなので す。みなどこかで自制する。 もしもここで一方がナイフを出して相手を威嚇し、賭 け金を奪って去ったら、残された方には屈辱感が残りま す。次の時には刃物に対して銃を出す。殺し合いになる。 ここで先日発覚したアメリカの核先制攻撃プランのこ となど考えはじめると、せっかくの砂漠のカフェから忌 まわしい現実に引き戻されてしまう。 でも、この映画の中ではイラン人の娘とアフガニスタ ンから来た若者が結婚するのです。 言葉も通じないのになぜだ、と問う警察官に対して、 若者は「愛しているから」と答える。 この言葉をキャインが通訳します。 昔、ぼくが親しかった老夫婦を思い出しました。夫は イギリス人で、妻はギリシャ人。結婚した当初は言葉が 通じなくて、居間の卓の上に辞書を置いておいたと笑っ て話していました。 異なる人を混ぜておくと、諍いも生じるけれども、仲 よくもなる。「073 日本人と外国人」でぼくが、人 は雑居が基本と書いたのはこういうことです。 この映画のカメラ・ワークのことを書いておきましょ う。 細部のクローズアップから始めて、少しずつ全体を見 せてゆく。必ず自分でカメラを覗くと言われるジャリリ 監督のこの技法は優れています。 機械らしきものの一部を見せ、やがてそれがひっくり 返ったトラックであること、背後には砂漠の風景がある こと、人が何かをしようとしていることを示す。カメラ の動きにつれてゆっくりと全体がわかる。 この反復が一種生理的な快感を誘います。 ベタにストーリーを説明するのではない。映画では美 しいショットが心地よい順序とリズムで並ぶことが何よ りも大事。 映画の基本原理をひさしぶりに思い出しました。 何十年もの後にぼくがこの映画のことをたまたま思い 出した時、アフガニスタンもイランも戦争もすべて忘却 の中に消えていて、ともかく男の子が砂漠をよく走る映 画だったという一点だけが残っている。 この映像にはそういう力が感じられます。 ぼくがこの映画に夢中になったのには、個人的な理由 もあります。 2年前の5月、イランに行きました。砂漠の道をよく 走って、オアシスの町をいくつか見て、この映画に出て くるような大きなトレーラー・トラックをたくさん見て、 角砂糖を口に含んで紅茶を飲むというイラン式のやりか たを習得しました。 つまり、この映画はずいぶん懐かしいものでした。 ぼくはあの国とあそこの人々が好きなのです。 一つだけ問題を提起しておきます。 最後の場面でキャインが釘を投げる。 (なぜそんなことをするかは、ここでは説明しないで おきます。) 観客の多くは彼のこの行為への共感の思いを胸に、席 を立つでしょう。 でも、誰一人殺さず、怪我もさせないとしても、あの 行動の原理は暴力です。ごくごく小さな暴力です。 ぼくはキャインのしたことを断罪するつもりでこう書 いているのではありません。人にはあのような行動に出 るしかない場合もあるのかもしれないと考え、迷ってい るのです。 これはまた映画そのものから観客への問いかけでもあ ります。単純なわかりやすいスローガンの映画よりも、 考えることを迫る映画の方が重みがある。 その意味で、これは傑作だと思いました。 『少年と砂漠のカフェ』はまず3月30日から、東京 銀座のシネ・ラ・セットで公開されるということです。 (池澤夏樹 2002−03−18)
次のような返信が寄せられました。 現在、牛久に居る難民の申請をしているアフガニスタ ンの方々を受け入れることになった場合、アフガニスタ ンに限らず、他の国の人々も日本に避難したいと、大勢 の方が日本に入ってきた場合は、どうなるのでしょう? その場合、入国後、行方知れずになって、隠れて日本 で働いてしまおうという人も、多く出てくることになる ように思います。 その点については問題にならないのでしょうか? (引用ここまで) 人には良い人と悪い人がいます。 この事実は日本人でも難民として日本に来る非日本人 でも変わらない。 もしも難民は生活が苦しいからそれだけ犯罪に走りや すいと言うのならば、きちんと生計の途を用意すればい いだけのこと。 偏見とは、最初から彼らを犯罪者予備軍と見なすこと です。そちらの側からしか彼らを見ないことです。 彼らの中には有能な者がたくさんいる。歌の天才や数 学の天才がいるかもしれない。経済では人をまずもって 人材として見ます。それぞれに能力がある。異質の文化 を持つ人はまた異質の能力を持つ。 移住したばかりの時には能力を発揮できないとしても、 10年後20年後には日本のある分野を支えているかも しれない。彼らと日本人の間に生まれた子が指導的地位 に就いている。 今の日本で朝鮮半島系の人々が果たしている役割を考 えてみてください。彼らがいてくれるおかげで日本の文 化はぐっと厚みを増しました。強制的に連れてきたり、 さんざ差別したり、日本人は彼らにずいぶんひどいこと をしましたが、コリアン・ジャパニーズは日本にとって 大事な要素です。 悪い人がずっと悪いわけでもありません。 イギリスの植民地だったオーストラリアに最初期に渡 った人々の中には流刑囚がたくさんいました。だからと 言って、あの国が特別に物騒な国というわけではない。 オーストラリアは白人だけで社会を作って閉鎖的にや ってきた国ですが、1960年代からいわゆる白豪主義 を捨てて移民を多く入れ、多民族国家になりました。当 初はさまざまな摩擦があっても、やがて人は互いに受け 入れます。今、オーストラリアは誰にとってもなかなか 住み心地のよい国らしい。 広大な国土に少ない人口だったオーストラリアと、比 較的狭いところに多くの人を抱える日本をそのまま比較 するつもりはありません。オーストラリアのような国に はなれないでしょうし、またそれを目指す必要もない。 しかし、外から来る者はみな危ない人たちという偏見 を持ったままでは、日本という国の先行きはとても暗い と思うのです。 切迫した状況にある難民さえ入れない日本は、もちろ ん移民も入れない。馴れ合い政治で経済力を内側から食 いつぶし、衰えてゆくでしょう。 今は文化多元主義が経済の活力源になる時代なのです。 外から来た者は犯罪者という偏見の最悪の例として、 東電OL殺人事件の裁判を見てみましょう。 改めて整理すると、1997年の3月8日、つまり今 日から5年と1日前、東京渋谷で渡辺泰子という女性が 殺されました。彼女は昼間は東京電力のエリートOLと して働いていた。その一方、夜は渋谷円山町界隈で売春 をしていた 事件発覚の4日後、警察はゴビンダ・プラサド・マイ ナリというネパール人を不法残留の容疑で逮捕取調の上、 ほぼ2か月の後、殺人容疑で再逮捕しました。 しかし、検察側は決め手になる証拠を持っていたわけ ではない。裁判の結果、東京地裁は2000年4月14 日、無罪を言い渡しました。 ゴビンダ容疑者はここで釈放され、不法滞在者として ネパールへ強制送還されるはずでした。 ところが、東京地検は再拘留を請求、刑事訴訟法を裏 切るようなこの措置を裁判所は二度に亘って退けたが、 三度目にはなぜか受け入れ、ゴビンダ容疑者は拘留され ました。 そして東京高裁での再審の結果、ゴビンダ容疑者は一 転して有罪となり、無期懲役を宣告されました。 現在は最高裁に控訴中です。 この事件に関するぼくの判断はすべて、佐野眞一さん の『東電OL殺人事件』と『東電OL症候群』という2 冊の著作に依拠しています。 ぼくはノンフィクション・ライターとしての佐野さん を全面的に信頼している。 そして、佐野さんによれば、これは冤罪です。ゴビン ダさんは犯人ではない。検察側が出したのは状況証拠ば かりで、決定的な直接証拠は何もなかった。まして二審 では新しい証拠の提出もないのに、粗雑な議論の果て、 結論がひっくり返った。 これについて佐野さんは「私はこれほど杜撰な判決理 由を聞いたこともなければ、これほどいいかげんな理由 で無期懲役という極刑に次ぐ判決を下された例も知らな い」と書いています。 この事件で一番の問題点は、警察がネパール人不法滞 在者という彼らの犯罪者像に合う容疑者を見つけた時点 で、他の可能性を捨ててしまったことです。 被害者が客の名と電話番号を書いたアドレス帳には東 電時代の上司や東電の幹部の名もあったにも拘わらず、 警察は初期の段階で彼らを捜査対象から外した。その理 由を警察は「その人の社会的地位からいって、ああいう 現場は使わないだろうと思った」と説明した。 これは予断だと佐野さんは言います。 予断の故に警察は真犯人を見つけられなかった。 大会社に勤めるエリート女性が、お金に困ったわけで もないのに売春をしていた。毎夜4人の客の相手を終え るまでは家に帰らなかった。ほとんど義務としてそれを 自分に課していた。 この事件のショックはここにありました。 日本の社会の病理と闇が彼女に集約されていた。 そこで日本の社会は、悪は海の向こうの貧しい国から 来たという空論を捏造し、この幻想に必死でしがみつい た。一人のネパール人を無期懲役にすることで穢れを祓 ったつもりになった。 しかしそれは穢れではなく罪です。祓うのではなく償 うべきものです。 司法は社会に属します。警察も、検察も、裁判所も、 社会の意思を代行するに過ぎない。法はあるけれども、 法と社会の意思が矛盾する場合は法をも曲げる(無罪判 決の後の再拘留が刑事訴訟法345条に反することを裁 判所は一度は認めたのです。それが説明もなくひっくり 返された)。 日本の社会は、ネパール人ならば日本の女を殺すだろ うという偏見の上に立って陳腐な裁判劇を演じ、彼を牢 屋に押し込めた。生涯出してやらないと決めた。 偏見はこういうことを人にさせます。 日本の新聞はこの再審のことをあまり書きませんでし た。むしろ海外のメディアの方がこれを問題にしている。 ゴビンダさんの上告を受けた最高裁がいずれ示すであ ろう判断に、法治国家日本の威信がかかっています。 (池澤夏樹 2002−03−09) 『東電OL殺人事件』佐野眞一著/新潮社 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/asin/4104369012/impala-22/ 『東電OL症候群(シンドローム)』佐野眞一著/新潮社 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/asin/4104369020/impala-22/ 追記 前回、ぼくがアフガニスタンの人々が牛久に「拘禁」 されていると書いたことについて、法的にはあれは拘禁 ではないという指摘がありました。 ぼくとしては「留置場・拘置所・刑務所などに被疑者 ・被告人・受刑者などを継続的に拘束すること」という 広辞苑の定義の「など」を実情に合わせて解釈したつも りだったことをここに附記しておきます。 茨城県牛久市に東日本入国管理センターという施設が あります。ここに今、約30名のアフガニスタンからの 庇護希望者が拘禁されています。 拘禁というのは「留置場・拘置所・刑務所などに被疑 者・被告人・受刑者などを継続的に拘束すること」です (広辞苑)。 戦乱の故国を逃れて日本に保護を求めてきた人々が、 この刑務所まがいの施設に押し込められ、中にはもう半 年も外に出ていない人がいる。 人を部屋などに閉じ込めるのは、最も一般的な刑罰で す。言うまでもなく、人にとって行動の自由は何よりも 大事なことだから、それを奪うことは刑罰になります。 しかし、牛久にいるアフガニスタンの人たちは罪を犯 したわけではありません。被疑者でも被告人でも受刑者 でもない。迫害され、助けてくださいと日本に駆け込ん だのです。 部屋に閉じ込められたままだと、人は精神に異常をき たします。牛久ではアフガニスタン人の自殺未遂が一度 ならず起こっています。自傷行為を行った人、吐血した 人もいる。意識を失って昏倒した人もいる。接見した弁 護士の報告は悲痛な声に満ちています。 懲役ならば、なぜ自分が閉じ込められているかわかっ ている。それなりの耐えかたもある。無期刑でないかぎ り自由になる日もわかっている。 しかしアフガニスタンの人々は日本に来て、難民とし ての認定を「申請」しただけなのです。 あなたが事故などに遭って、仕事が続けられなくなり、 生活が成り立たないので区役所に行って生活保護を申請 する。その途端に捕らえられ、狭い部屋に押し込められ る。何か月たっても出してもらえない。 牛久にいるアフガニスタン人の身に起こっているのは こういう事態です。人は誰しも難民になり得る。だから、 難民を救う枠組みが国際的に作られたのです。 しかし、この国で難民として保護を求めると拘禁され てしまう。 日本国がアフガニスタンからの難民申請者を閉じ込め ておくのは、要するに日本に入れたくないからです。 しかし、国に帰ったら殺されると訴えている人々を、 あの戦乱の国に強制送還すれば国際的な非難を浴びるの は明らか。 では宙ぶらりんの状態のまま放っておこう。 これが罪なき拘禁の理由なのでしょう。 国連の難民高等弁務官事務所がこの人たちの身を案じ て、日本政府に働きかけています。その論旨を要約すれ ば── # 庇護希望者と難民の拘禁は通常回避されるべきで ある。 # 難民の地位が認められない者も含め、帰還は自発 的なものに限るよう各国に対して強く求める。 # 現在日本で拘禁されているアフガン人は、安全な 帰還が可能となるまでは、一定の条件の下で放免される べきである。長期拘禁は、彼らの苦しみを増すだけであ る。 今のところ日本政府はこの申し入れを無視しています。 去年の暮れ、東京地裁は5人のアフガニスタン人の拘 束を解く決定を出しましたが、東京高裁は速やかにこの 決定を覆しました。 なぜ牛久のアフガニスタン人は拘束されたままなのか。 外国人を日本に入れたくない。 これが日本国の本音です。 この問題に詳しい自民党衆議院議員の平沢勝栄さんは こう言います── # 欧米と違い、日本は一人でも難民ではない人を認 めては困るという完全主義をとっている。警察でいえば 悪い人間は一人も逃してはいけないという考え方だ。 # 人、物、カネが交流すれば、社会に摩擦が起き、 治安が悪くなるのは当たり前だが、いまの日本には外国 人が入ってくることへの準備がそれほどない。 (引用ここまで) 難民を犯罪者と同等とみなして「完全主義」を取るこ との是非はともかく、欧米との間に大きな違いがあるの は明らかです。 かつては日本もインドシナ難民を1万人以上受け入れ たことがありましたが、これは例外的な措置だったよう です。 最近は最も多い年でも20人ほど。他の先進国では数 千人が普通ですから、文字どおり桁が違います。 なぜ、先進国の中で日本だけが「外国人が入ってくる ことへの準備が」足りないのでしょうか。法的、制度的 な準備でないのは明らかです。テロ特措法や自衛隊法改 正を見ればわかるとおり、法律などはいざとなればすぐ にもできる。 問題は心の準備です。 平沢勝栄さんはこうも言っています── # 日本は江戸時代の鎖国が、人間の動きに関しては まだ続いているともいえる。 # 難民問題は、制度の問題と同時に、国民の意識の 問題でもあると思う。外国人と共生する考え方を教育の 場で教えていく必要がある。 (引用ここまで) 今も鎖国をしている。国民の中に外国人と共に生きよ うという考えがない。 自分の家の隣に外国の人が来ると困る。 外国の人は気心が知れない。 もっと踏み込んで言えば、外国の人は恐い。 突き詰めればそういうことになる。 そしてこれは典型的な人種差別の思想です。 幕末から明治時代にかけて、外交上の懸案の一つに内 地雑居ということがありました。開国に際して日本側は、 長崎の出島のような居留地を作って外国人をそこに押し 込めることにした。居住だけでなく、旅行や商工業の経 営や不動産の所有も制限する。 後になって、いわゆる不平等条約を改正する時に、諸 外国はこの居留地制度の撤廃を求めました。 国内の反対派は、外国人の雑居を許すと、日本経済が 外国人に掌握され、土地も占有され、風俗や宗教が乱れ ると主張しました。 内地雑居が実現したのは1899年。それから100 年以上を経た今も、日本人は雑居を恐れているらしい。 優越感と劣等感は同じ心理の裏表です。 他の民族を蔑む。彼らは無能だと言い張る。そういう 人が、その民族に属する人が何か優れたことをするのを 見ると、蔑みはすぐに恐れに変わります。そして排除し ようと図る。 特に世の中がうまくいっていない時には、為政者は単 純な理由を作ってすべてを異人種のせいにする。第一次 世界大戦でドイツが負けたのはユダヤ人が背後から刺し たからだという類の論議。 かくて人種差別は人々の心の中に定着します。 国内にいる異人種を国外に追放することと、国外から 来る異人種を入れないことは、国の中を純血に保とうと する点で同じことです。 日本の純血主義は今も生きています。 最近とても有名になった鈴木宗男代議士は、2001 年の7月2日、東京の外国人記者クラブで、「(日本は) 一国家一言語一民族と言ってもいい。北海道にアイヌ民 族というのがおりまして、まあ嫌がる人もおりますけれ ども、今はもう同化されておりますから」と言いました。 たまたま同じ日に平沼赳夫経済産業相は「小さな国土 に一億二六〇〇万のレベルの高い単一民族できちんとし まっている国」と言った。 更に2001年11月30日、尾身沖縄北方相は「日 本は単一民族だ。日本人と言えば大和民族だ」と演説し た。 すべて根は同じです。彼らは異民族が恐い。日本国内 に共に住んで久しいアイヌさえ恐い。だからいないこと にする。 人種とか民族とか、分ける基準はいろいろあるでしょ うが、人は雑居が基本の姿です。 人は動く。動けば異質なものが混じりあう。文化がぶ つかり、新しいものが生まれる。経済を活気づける。近 代ヨーロッパも現代アメリカも、中世の大イスラム文化 圏もそうやって作られました。 今、人の動きはいよいよ活発になっています。どこの 国だって異人種を受け入れざるを得ない。共に暮らすの があたりまえ。摩擦は生じますが、長い目で見ればその 摩擦は次の段階へ進むための必須の一歩なのです。グロ ーバリゼーションとは本来そういうことです 。 われわれは訓練が足りない。決定的に足りない。 実をいうと、本当に日本人ぜんたいが重症の外国人恐 怖症なのかどうか、ぼくにはわかりません。 しかし、仮にそうだとしたら、平沢勝栄さんが言われ るように「外国人と共生する考え方を教育の場で教えて いく」くらいではとても間に合わない。 ことを決めるべきは今の有権者です。アフガニスタン 難民の問題を見てもわかるとおり、事態は切迫している。 教育を受けた子供たちが育つのを待ってはいられない。 第一、大人が信じてもいないことを子供に教えるのは 嘘の教育ではないでしょうか。 もしも教育の場で何かするのなら、牛久に拘禁中のア フガニスタンの人々を教室に派遣して、あの国がこれま でどんな目に合ってきたかを子供たちに話してもらいま しょう。難民というものについて、これほど効果的な教 育はないはずです。 ここまで書いたところでよい報せが入ってきました。 昨日、アフガニスタン国籍の男性7人が退去強制令書 の執行停止を求めた申し立てで、東京地方裁判所はこれ を認める決定を出しました。 7人は収容を解かれます。 藤山雅行裁判長は、「収容による身柄拘束は重大な人 権侵害で、損害を金銭で償うことは困難。申立人は一応 難民と認められ、行政処分で身柄を拘束し、執行停止も 認めないと、憲法上の問題も生じかねない」と言ったそ うです。 また、「申立人を収容しなければ出頭の確保が困難に なるとは認められず、収容は難民条約に反して違法とな る可能性が十分」と判断した、とのこと。 もちろん、去年の11月のように、入官側の控訴を受 けた上級裁判所がこの判断をひっくり返すおそれはまだ あります。 それでも、国際的な常識にかなった判断が示されたの はとりあえず喜ばしいことです。 (池澤夏樹 2002−03−02)
1年のはじめですから、平和について考えてみたいと思います。 戦争と平和はいつでもセットで扱われます。戦争でない状態が平和、平和でない状態が戦争。 それはそれでもちろん正しいけれど、もう一歩踏み込んで考えてみると、この二つの言葉は、たとえば昼と夜のように、全面的に対であるわけではない。 平和主義者はたくさんいます。 あなたは平和主義者ですかと問われて、いいえと答える人はまずいない。 しかし、戦争主義者はいません。いるのはその時々の状況に応じて戦争という選択肢を採る人です。その人も常に平和よりも戦争がいいと主張するわけではない。 戦争の専門家である軍人たちでさえ、自らは戦争の手段と技術を持つことによって平和を維持しているのだと言います。 Peace is our business (平和は我らの職務)というのは、たしかアメリカ軍の標語だったと思います。 Peacemaker という名のピストルもあった。 戦争で潤う立場の人はいます。 今のアメリカに見るとおり、戦争になると政治家は人気が出ます。 武器を作って売る企業は、戦争になって武器が大量に消費されれば多くの利を得ることができる。また、戦争は彼らの商品の見本市であり、新製品の威力を実証するよい機会です。 それでも、政治家も武器のメーカーも戦争主義者ではない。彼らが喜ぶのは他国での戦争であって、自分の国、自分の町が戦場になることを望むわけではない。 戦争と平和の関係は、火事と消防の関係に似ています。 人間が火を使うようになった時から、火事は人間の生活に入り込んできました。家が燃えてしまって、財産がすべてなくなる。家族が死ぬ。 文明の発達で人々が狭い地域に集まって暮らすようになると、火事の規模も大きくなりました。一軒の火事が燃え広がってたくさんの人が死に、町ぜんたいが灰になる。 火事は不幸です。火事はなんとしても防がなければならない。もっとどんどん火事を起こすべきだという火事主義者はいない。しかし、火事は起こる。 だから、人は消防という一連の努力のシステムを作ったのです。 火事が起こった時にすばやく消すために、町ごとに消防自動車を用意しておく。 それ以上に、普段から人々に火の用心を呼びかけ、消火器の設置を促し、新築の建物には耐火構造を義務づけ、大きな建物ならばスプリンクラーなどの設置を強制する。 これらは行政の仕事だと思われていますが、行政は常に住民の意思を受けて動きます。消防活動の背後には、住民のみなが支持する消防の思想があります。 では戦争はどうか。 争いは人類の起源以前からありましたし、技術の発達につれて次第に規模が大きくなってきた。 はじめ小さな集団の間で戦っていたのが、今は国と国が戦って大量に人を殺します。 戦争は不幸です。それはまちがいない。 わかっていても戦争は起こる。火事の場合に炊事の火やタバコの火の不始末とか、漏電とか、放火とか、原因がいろいろあるように、戦争の原因もさまざまあります。 その原因を日常の努力で一つ一つ抑え込む。万一にも燃え始めたらすぐに消す。延焼を防ぐ。 平和主義とはそのための努力のことです。 努力は具体的でなければならない。 国民がみなで日に三回、平和平和と唱えたところで、平和は来ない。戦争反対と叫べば、間近に迫った戦争がすごすごと帰ってゆくわけではない。 戦争が起こるからくりを知って、それに対抗する方策を考え出さなければならない。 戦争が火事に似ていると言っても、違うところもあります。 戦争の原因は、火事で言えば放火にあたる場合が多い。 とても多い。 人が戦争を始める基本的な動機は支配欲です。 もっと広い領土が欲しい。隣の国も自国の一部にしたい。 他の宗教の信者を力づくで改宗させたい。あるいは広い領域ぜんたいの盟主になりたい。世界を支配したい。 国外の資源が豊かなところを植民地にしたい、というのも戦争の動機になります。あるいは、手にした植民地を手放したくない(第二次大戦の前、日本は「満州は日本の生命線である」と言っていました。満州がなかったら日本は生きていけないという意味ですが、現実には日本は満州なしで栄えています)。 石油や天然ガスのような経済的な権益も一種の領土欲です。逆に商品を売るマーケットを求めて戦争を始める場合もある。 要するに、一国の国民の豊かな暮らしのために、遠いどこかで戦争が起こる。 そういう戦争を防止するには、豊かな暮らしの内容を再検討する必要が生じる。無用の浪費と豊かさは違うということに気づくきっかけがいる。 昨年の9月11日から後、国際社会という言葉が何度となく使われ、その実態が「お金持ちクラブ」にすぎないとぼくは書いてきました。 この考えを巧みに表現した『世界がもしも100人の村だったら』という本がベストセラーになっています(マガジンハウス刊)。 もともとはEメールというメディアに乗って広まった新しい形の民話で、ぼくも何通か受け取っていました。 それが本の形になった。 内容は簡単明快。 63億の人口を持つ今の世界を仮に人口100人の村に置き換えてみるとどういうことになるか。 性別、人種、宗教、言語、生活の状態、などなどで人を分けてみる。 すると、100人のうちの「20人は栄養がじゅうぶんではなく、1人は死にそうなほどです。でも15人は太り過ぎです」とか、「1人が大学の教育を受け、2人がコンピューターをもっていますけれど、14人は文字が読めません」などという事実がわかる。 たくさんの人がこの本を読んでいるというのはとてもよいことです。 こういう考えかたが、長い目で見れば、戦争の防止の役に立つ。 実際には「お金持ちクラブ」の欲望には限りがなく、新たな戦争の火種はたくさんあるけれど、だからこそこの本は火の用心の役に立ちます。 アメリカのブッシュ大統領は「2002年は戦争の年になる」と言いました。 真意を読めば、「戦争の年にする」ということです。 彼の今の人気は戦争を続けなければ維持できない。 2002年を平和の年にするために、火事を出さないために、「100人の村」のような知恵がもっともっと必要だと思います。
新世紀へようこそ 063 『十二人の怒れる男』 ぼくはこの『新世紀へようこそ』でずいぶんアメリカ に対して厳しいことを言ってきました。 アメリカ全体と今のブッシュ政権を区別するために、 なるべく「アメリカ政府は……」という書きかたをしま したが、しかし民主主義のアメリカですから国民の支持 があっての政府です。 今、アメリカ国民の多くはブッシュ政権の方針を支持 しています。 先日、ある会食の席で、アメリカの会社の東京支社で 働くアメリカ人男性が、「空爆もアフガニスタンのため だ」と言っていたと、同席した友人が憤慨して報告して きました。 このような発言に至る経路が類推できないわけではあ りません。賛成ではなく、理解でもなく、類推です。 アフガニスタンはタリバンという悪い連中が支配して いる。それを排除して、正しい政府を作るには空爆しか ない。正義のために多少の犠牲はしかたがない。 単純でわかりやすい論法です。 しかし、単純でわかりやすい論法がいつも正しいわけ ではありません。 *** 『十二人の怒れる男』という映画があります。 制作は1957年。監督はシドニー・ルメット。主演 ヘンリー・フォンダ。 タイトルのとおり、12人の男が登場します。他には 誰も出てこない。舞台はニューヨークの、裁判所の一室。 暑い夏の夕方で、冷房はない。扇風機も回らない。 12人は陪審員です。一般市民から無作為に選ばれて 召還された彼らは、ある殺人事件の裁判が進行する間、 日々法廷に通い、検事と弁護士の陳述や弁論、証人たち の言葉をすべて聞きました。 その後、被告が有罪であるか無罪であるかを判定する ために、自分たちだけで一室にこもる。そこから映画は 始まります。 事件は単純でわかりやすいものに思えます。 ある不良少年が父親をナイフで刺し殺したという容疑 で逮捕され、裁判にかけられた。 少年と父親は日頃から仲が悪かった。 階下の老人は少年が激昂して「殺してやる」と言った あとでどさっと人が倒れる音がして、その15秒後に逃 げてゆく少年の姿を自分のアパートのドアから見たと証 言した。 電車の線路を隔てたアパートの女性は、通り過ぎる電 車越しに、少年が父親を刺すのを見たと証言した。 少年はその事件の時、アリバイがない。父親と喧嘩し て家を出た後、映画を見ていたというけれど、その内容 もタイトルも覚えていない。 陪審員のほとんどはこれはまず有罪としてまちがいな いだろうと思っています。 さっさと片づけてしまおう、という雰囲気が濃厚です。 すぐに済めばナイターの試合開始に間に合う、と考えて いる者もいる。 評決は多数決ではありません。全員一致が原則です。 どうしても一致しない場合は陪審は不成立。すべてやり なおしになる。 有罪という結論が出れば、17歳の少年は死刑になり ます。 最初の投票が行われる。11票が「有罪」。 しかし、1票だけ「無罪」がある。 こんなわかりきった事件、結論は目に見えているのに、 誰が無罪などと言うのか、とみなが腹を立てる。 無罪を投じた一人が立って(これがヘンリー・フォン ダ)、その理由を説明します。 自分も無罪と信じているわけではない。しかし、一人 の人間の生命がかかっているのだから、少し議論をして もいいのではないか。 みんなはうんざり。 そうして始まった議論の中で、証言の信憑性が少しず つ崩れてゆく。 これはいわゆる法廷物のミステリーではありません。 昔なつかしいペリー・メイスンではない。 議論で明らかになるのは、むしろ陪審員それぞれの性 格であり、思想であり、偏見です。 ヘンリー・フォンダが一人で活躍するのでもない。彼 は名探偵ではない。 議論が進み、何度も評決が行われます。最初は紙に書 いての投票だったけれど、後は挙手になる。そして、一 人また一人と無罪派が増えてゆく。 無罪というのは、少年が父を殺さなかったと確信する ことではありません。法廷で彼を有罪とするに足るだけ の立証が行われなかったと判断した陪審員は有罪票を投 じられない。 「疑問の余地」を残したまま死刑は執行できません。 *** 実は、ぼくはここ何週間か、この映画のことを思い出 していました。 全体の流れは覚えているけれども、細部は忘れている。 ビデオででももう一度見たいと思っていたら、クリスマ スの前にDVDが発売されました。 さっきあらためて見たところです。 やはりおもしろかった。元はテレビ・ドラマだったそ うですが、脚本がうまくできていて、役者が達者。 制作が1957年という点に注目します。 1940年代の後半から始まったレッド・パージ、い わゆる赤狩りでハリウッドはぼろぼろになりました。多 くの優れた映画人が追放された。 それがなんとか収まって、リベラルな雰囲気が生まれ た時期の傑作がこの映画です。 今回見てみたら、ヘンリー・フォンダは主演だけでな く、プロデューサーとしても名を連ねています。彼はこ の映画が作りたかったのです(言うまでもなく、彼の娘 が、ベトナム反戦で活躍したジェーン・フォンダです)。 今から見れば、当時のアメリカがわかっておもしろい、 という面もあります。陪審員12名は全員が白人の男性。 暑い夏なのに、大半はネクタイをしている。社会的には 中流以上の人たち。 大事なのは、彼らが、この中流以上という強い一面に よって有罪を宣告しながら、それぞれの弱い一面(老人 であったり、視力不足を眼鏡で補う者であったり、息子 と不仲であったり)によって有罪を疑うきっかけを得る というストーリーの流れです。 アメリカ流の民主主義と陪審制度の間には密接なつな がりがあるようです。 国を動かす政治家を市民が自分たちで選ぶ。 社会の規範となる倫理を市民が作る。 どちらにもぼくは賛同します。 しかし、それは12人に一人はヘンリー・フォンダが 混じっていることを前提にしての話です。単純でわかり やすい論法に従って、この件はさっさと片づけ、その子 は死刑にしようと言う多数派に対して、ちょっと待てと 議論を始める者がいることを前提にしての話です。 ヘンリー・フォンダの、あの思い詰めたような顔がな ければ、民主主義は衆愚主義になってしまう。 9月11日の事件の後で、ヘンリー・フォンダの役を 担ったのは、バーバラ・リー議員でした。上下両院合わ せて500人を超える議員の中で、たった一人。 この人がいたことを、ぼくの好きなアメリカがまだあ ることを、ぼくは嬉しく思いました。 (池澤夏樹 2001−12−27) ************************************************** 転送は自由です。
新世紀へようこそ 059 3冊の本 先日から、1冊の写真集をよく見ています。 REQUIEM WORLD TRADE CENTER という英語のタイトルで、奥付には「鎮魂・世界貿易センタービル」と日本語の題があります。 著者は佐藤秀明さん。版元はマガジンサポート株式会社。 これは、佐藤さんが1960年代終わりに撮った写真を中心にニューヨークの風景をまとめた本です。 マンハッタンの南端のあたりからコニーアイランド、スタッテンアイランドに通うフェリーなどが舞台です。 二十歳代半ばの若い写真家がニューヨークに住んで、町の風景を撮ってまわった。 今年の9月11日に崩壊した世界貿易センタービルの建設途上の光景がたくさんあります。敷地が均され、岩盤が掘り下げられ、そこに土台ができて鉄骨が組上がってゆく。 ぼくはこの建物をじかに見たことはないのですが、どれほど大きかったか、この工事の写真でよくわかりました。 それと同時に、これは人々の表情の写真集です。 建築現場で働く労働者たちの埃っぽい顔。 コニーアイランドの遊園地に集う若者たちの楽しそうな顔。 自分の中に坐り込んだような硬い表情の老人。 暑い日に消火栓を開いて水遊びする子供たち。 ベトナム反戦のデモに参加する若い人々の溌剌とした顔。 人種もさまざま。 ここにあるのは鉄と褐色砂岩のざらりとした都会の姿です。 全体としてはくすんだ印象です。 冬にみなが着ていたのは、フリースでもゴアテックスでもなく、厚い重い黒いウールのコートでした。 若い写真家の目はリッチではないニューヨークの下町をきちんと捉えています。 その中から世界貿易センタービル(WTC)が、殻を破るように、脱皮するように、空に向かって伸びてゆく。 世界貿易センタービルは何かを製造するところではなかった。工場ではなかった。 そこは trade の場だった。この言葉は「貿易」であると同時に「取引」です。 製造業よりも、商品の売買・流通や金融や投資の方が主役になる。そういう時代が来ることをWTCの建設は予見していました。 WTCはもうありません。 だからこの写真集は、9月11日に亡くなった人々への鎮魂であると同時に、無くなった建物への鎮魂でもあります。 これとはまったく別の雰囲気をたたえた本をここ何週間か、繰り返し見ています。 エッセーだから文章を読むのだけれど、添えられた絵があまりにいいので、そちらにも見とれる。 甲斐大策さんの『神・泥・人』という、アフガニスタンの人と風土を描いた本です(石風社 1992)。 これは、かいなでのレポートでも、いわゆる旅エッセーでもありません。 甲斐さんは一九六〇年代後半(つまり、奇しくもWTCが造られはじめた頃)から、毎年のようにアフガニスタンを訪れて、広く深く旅をして、たくさんの知人友人を得ました。 だから、あの国の人々、多くの民族からなるさまざまなアフガニスタン人についての観察と洞察は、最近のどろなわの報道など及ぶところではない。 旅のエピソードのひとつひとつが、彼らの誇りと気概と、また意外な弱さを語っている。 絵の魅力を言葉で説明するのはむずかしいものです。 表紙の1枚を除いては色のない、陰影もない、線だけのスケッチですが、それが風景と人の顔を巧みに伝えています。 この乾ききった風景を見たい、この人たちに会いたいと思わせます。誘っています。
さて、問題は、マンハッタンの風景と表情、アフガニスタンの風景と表情、すべての意味で異なるように見えるこの二つを、ぼくの一つの心で受け止めることができるかということです。 一方は大都会であり、もう一方はほとんどが乾いた山地、せいぜいが宿営地、村、町、難民キャンプなど。 一方には Back then, even homeless people could smile、 ホームレスものどかな感じだった、というキャプションの付く写真がある。 もう一方には、「今年もこの一帯で一万人は死にますな、今の季節にあの雪ではね……」という、遠いヒンドゥークシの山々に積もった雪を見ての老人の言葉がある。 もしもぼくたちが、文明ではなく、文化でもなく、信仰でさえなく、もっと深い人間というレベルまで降りてゆくことができれば、ニューヨークの地下鉄のベンチに坐った老女の、疲れてむくんだ下肢のその疲労感がわかる。 と同時に、アフガニスタンの「東部のジャラーラーバードの旧王の離宮には、毎年、春になると全国の有名無名の詩人達が集まるのだった。詩人達は茶を飲みながら詩を披露しあい、感じれば涙を流し、抱擁を交わし、別れるのだった」という、この詩人の涙がわかる。
ここにもう1冊、佐藤さんのと同じREQUIEM というタイトルの写真集があります。 「レクイエム ヴェトナム・カンボジア・ラオスの戦場に散った報道カメラマン遺作集」(集英社 1997)。 このサブタイトルで明らかなように、これはインドシナの戦争を撮る過程で亡くなった135人の報道カメラマンの作品を集めた本です。 そのうちの70人が北ベトナムとベトナム民族解放戦線側、20人がカンボジア、そして残りが、数の順に言えば、アメリカ、フランス、日本、シンガポール、南ベトナム、オーストラリア、イギリス、ドイツ、スイス、です。 日本人は4人。一ノ瀬泰造、峯弘道、沢田教一、嶋元啓三郎の各氏です。 大事なのは彼らが撮った戦争の姿です。そのために生命を賭する必要があると彼らが信じたほど深い意味を持つ映像です。 彼らはカメラ一つを手に戦場に行きました。 あるいは戦場の方が彼らのところに来た。 写真のほとんどは地上の視点から撮られています。戦う者、逃げる者、捕らえられた者、傷ついた者、死を待つ者、死体……カメラマンはそれらの人々と同じ地面に立って、同じ危険を冒していた。だから多くが亡くなった。 見ていて辛い写真が多いのですが、それでも何度となく見てきました。 戦争とはこういうものだとわかるから。 アフガニスタンの戦争について、写真が足りないと思います。 四半世紀に及んだインドシナ戦争と開始以来9週間のアフガニスタンでは量の違いは当然ですが、それにしても戦地の人の姿が見えてこない。 アフガニスタンの側にはその余裕がないのでしょう。 そしてアメリカ政府の方は、戦場の光景ほど反戦感情を煽るものはないと気づいたようです。すべて一括のプール取材ばかりになって、カメラマンが作戦に同行することは許されなくなった。 戦争報道はいよいよ非人間的になるようです。 (池澤夏樹 2001−12−11) ************************************************** 転送は自由です。 配信の登録・削除、アドレスの変更は以下のページで 手続きいただけます。 ↓ http://www.impala.jp/century/index.html バックナンバーは以下でご覧いただけます。 ↓ http://www.impala.jp/century/index.html 「新世紀へようこそ」フランス語版はこちらで 申し込みできます。 ↓ http://www.cafeimpala.com/registrationF.html ご意見・お問い合わせは以下へお送りください。 ↓ impala@ryukyu.ne.jp 池澤夏樹公式サイト「カフェ・インパラ」 ↓ http://www.impala.jp 発行:有限会社インパラ |
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| 以下、ベトナムの友人からの転送です。 > >ボストン近くで働く方が立ち上げたサイトで、ブッシュ大統領ら宛に、 > >反戦の署名を届ける内容のもののようです。 > > 私のところにも、アメリカ在住の友人から、このWebの存在を知らせ > 署名を勧める、シカゴ大学の教員が発信したメールが転送されてきま > した。Webを訪ねてみたところ、すでに署名者は世界から31万人を超 > えているとのことです。 > > 他のMLでもここの案内があり、「シカゴ大学の署名運動」と紹介され > ていましたが、ホームページによれば、「最近にシカゴ大学を卒業」 > して現在はニューヨークに住む「個人」が自分の周辺の50人にEメー > ルを送った、というのがそもそもの発端のようです。そして、ボスト > ンに勤める「Eli」さんがシカゴ大学サイトの「パーソナル」ユース > 部分にホームページを作り(彼らはシカゴ大学の対応に感謝の意を述 > べています)、その後 http://www.9-11peace.org/ という独自ドメ > インを持って活動を継続している、ということのようです。今、彼ら > は 9-11peace.org を名のっています。 > <http://www.9-11peace.org/information.php3> > > 現在は署名ページのURLは > <http://www.9-11peace.org/petition.php3> > になっていて、元の<http://home.uchicago.edu/~dhpicker/petition> > にアクセスすると、こちらにまわるようになっています。 > 各ページの下部に American Friends Service Committee は great な > 平和組織であるとリンクが張られているので、クエーカーの反戦派と関 > 係があるのかもしれません(クエーカーは「良心的兵役拒否」を闘った > ことで知られています)。また、各ページの冒頭にはガンディーの言葉 > が掲げられています。 > > 一方、ブッシュ大統領に「テロリズムに対する非暴力的対応」を求める > 「若者の国際的宣言」という運動も行なわれていて、こちらには世界の > 「41万人を代表する」138団体が名前を並べています。 > <http://www.9-11peace.org/youth.php3> > 以下は、署名ページの趣旨説明と「要請文」(""を付しました)です。 アメリカ大統領、NATO事務総長ほか世界のリーダーに送ると言っていま す。
以下の文は、ブッシュ大統領をはじめ世界各国の指導者に送る要請文で、テロリストによる攻撃への対応として戦争を行なうことは避けることを強く要請するものです。 どうか、これを読んで、なるべく早くなるべく多くの方に広めてください。合衆国議会がすでに報復決議を可決してしまい、ブッシュ大統領に任意の軍事的対応を行なう権限を認めてしまったので、事はたいへんに急を要するのです。 以下の署名人である我々、米国市民、米国在住者ならびに世界中の人々は、米国大統領ジョージ・W・ブッシュ氏、NATO事務局長ロバートソン卿、欧州連合欧州委員会委員長ロマーノ・プローディ氏、その他世界各国の指導者に対し、このほど行なわれた米国を対象としたテロリストの攻撃には、穏当かつ抑制をもって対処されるよう要請します。権力は、戦争や暴力や破壊のための手段として用いられるのではなく、可能なかぎり、国際司法機関と国際人権法によって、あの攻撃の責任者を裁くことのために行使するようお願いします。 さらに、我々は、一国の政府とその国境内で行動するテロ集団とは別で、区別されるべきであり、不当に前者を後者の犯罪に責任を有するものと見做すべきではないと主張します。したがって、特定の国の政府が、先日のテロ攻撃に協力し、その共犯者となったことを示す説得的な証拠もないままに、その国がそのテロ攻撃のゆえに断罪されることはあってはなりません。 どこかの国が、先日米国に対して行なわれた犯罪について、部分的あるいは全面的に責任があると見られるにせよ、そこに暮らす無辜の国民は、自国政府の行動についてなんら責任を追うべきではなく、したがって、その国に対してとられるいかなる軍事的あるいは司法的措置も免除され、安全を保証されるべきです。 最後に、これは一番つよく強調すべきことですが、私たちは、核兵器、化学兵器、生物兵器をはじめ、無差別破壊のための兵器には、一切頼らないよう要求します。そのような兵器のない世界に暮らすことは、我々の譲渡可能な人権であると考えます。 あなたの氏名およびEメール・アドレスは、この要請文の届け先以外のいかなる者にも知らせることはなく、種類のいかんをとわず、一切の大量メール送付や商業目的のメールには使用されることがありません。くわしくは、ここをクリックしてください。 ⇒署名ページ(URLはhttp://www.9-11peace.org/petition.php3) ********************************************************************** > The Petition > <http://www.9-11peace.org/petition.php3> > > What follows is a petition that will be forwarded to President > Bush, and other world leaders, urging them to avoid war as a > response to the terrorist attacks against the World Trade Center > and the Pentagon this week. Please read it, sign below, and forward > the link to as many people as possible, as quickly as possible. > We must circulate this quickly if it is to have any effect at all, > as the Congress of The United States has already passed a resolution > supporting any military action President Bush deems appropriate. > > "We, the undersigned, citizens and residents of the United States > of America and of countries around the world, appeal to the > President of The United States, George W. Bush; to the NATO > Secretary General, Lord Robertson; to the President of the > European Union, Romano Prodi; and to all leaders internationally > to use moderation and restraint in responding to the recent > terrorist attacks against the United States. We implore the > powers that be to use, wherever possible, international judicial > institutions and international human rights law to bring to justice > those responsible for the attacks, rather than the instruments > of war, violence or destruction. > Furthermore, we assert that the government of a nation must > be presumed separate and distinct from any terrorist group that > may operate within its borders, and therefore cannot be held > unduly accountable for the latter's crimes. It follows that the > government of a particular nation should not be condemned for > the recent attack without compelling evidence of its cooperation > and complicity with those individuals who actually committed > the crimes in question. > Innocent civilians living within any nation that may be found > responsible, in part or in full, for the crimes recently perpetrated > against the United States, must not bear any responsibility for > the actions of their government, and must therefore be guaranteed > safety and immunity from any military or judicial action taken > against the state in which they reside. > Lastly and most emphatically, we demand that there be no > recourse to nuclear, chemical or biological weapons, or any > weapons of indiscriminate destruction, and feel that it is our > inalienable human right to live in a world free of such arms." > > Your name and email address will not be shared with anyone except > those to whom the petition is addressed, nor will it be used for > mass mailings or commercial purposes of any kind. Click here for > more information. 俵 義文(TAWARA Yoshifumi) E-mail:tawara@dog.email.ne.jp HP・URL:http://www.ne.jp/asahi/tawara/goma/ 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 私が事務局長をしている子どもと教科書全国ネット21 E-mail:kyokashonet@a.email.ne.jp HP・URL:http://www.ne.jp/asahi/kyokasho/net21/ |
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