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7月23日(火) はれ

ミッテルアラリンへ
 フェルスキンからブリタニア小屋へ行き、プラティエンまで歩く

今日はストック2本が威力を発揮してくれた一日。2本のストックがあっても雪道がこんなに恐いとは思わなかった。お天気がいいのでミッテルアラリンにケーブルとメトロを乗り継いででかけることにした。

ドムが美しいので何度でも写してしまう。 3年前に来た時はアラリンしか見えなかった。スキーやスノーボードを楽しむ人が多いのは同じ。

着るものをあまり持参しないので心配したが、デニムの薄手の上着とレインコートを着ると寒くなかった。ケーブルの中でいろいろ説明してくれた夫婦は二階のレストランに行くと言っていた。私たちが十分雪の上を歩いて山の写真を撮ったりしてから上に行くとその夫婦は日光浴をして、私たちに笑って挨拶してくれた。みんな気持ちよさそうに日光浴をしている。

中央の山がドム
この場所で歩きやすかったのは除雪車のおかげであることがよくわかった。

この場所で私は車椅子の男性が気になっていた。車椅子から一人でベンチに移ったのを見て、連れがいないと思い、話しかけた。彼は3年前、事故で体が不自由になる前は登山家だったそうだ。今日はドイツから一緒に来ている友人がアラリンに登っているのを待っている、と言っていた。HPを作っていると言ったら見たいと言う。今回の旅行で初めてメールアドレスを聞いた。Tさんが私たち二人の写真を撮ってくれたら、横にいた女性が3人の写真を撮ってあげましょうと言って写してくれたのが下の写真。この場所から左の方にユングフラウの頭だけが三角に見えている。Tさんはばっちり見える山の名前がいろいろわかったとよろこんでいた。

メトロの切符売場

ブリタニア小屋までの雪の道はは普通に歩ける道だった。雪の上は慣れていないので足が重く時間がかかる。途中でカメラを出して撮影に夢中になるから歩くのが遅くなるのだとわかっていてもやめられない。私の前をストックでなく体を支えることのできる杖で両腕を支えながらゆっくりゆっくりブリタニア小屋まで歩いている老人がいた。しばらくは彼の後についてゆっくり私も歩いた。結局は彼を追い越して最後ののぼりがきつかったが、私の方が早く着いた。

メトロをおりてトンネルをくぐってでてきたところはこんなに雪が多い。
ブリタニア小屋が見えてきた。小屋まで45分のところ私は1時間15分もかかった。

ピクニック→ の標識道理の方向に場所を見つけてすわった。お弁当は何日も同じ物を食べている。今日は無理してでも食べてしまおうと、サラミもベーコンもみんなクラッカーにはさんで食べた。黒いからすより小さな鳥がいっぱい飛んでいる。気がつくとTさんのリュックに糞を落されている。気がついてよかった。ふきとるのが難しい場所だったが、背中まで汚されなくてすんだ。

中央の標識は右がお弁当を広げるところと書いてある
右が小屋 この雪道をくだるのが一番恐かった。手をあげて下りてくるこの女性に私は助けられた

近くに標高差40メートルの山があった。山の雪の坂道のところですべって遊んでいる人たちもいた。今回の旅で一番恐かったのはこの雪道だ。麦草峠から登った八ヶ岳の雪の山を思い出した。強い日差しで雪がとけて、足がもぐりこむ。ここは除雪車がかためてないからほんとに歩くのが大変だった。私は一度だけ尻餅をつき、ズボンがぬれてつめたかった。雪も靴の中に入り、一時はどうなるかと思ったが、勇敢な女性が現れて私の腕をささえてくれた。

大きな声をあげておりて来る一団はぬかれた時にわかったが、ベルギーからの生徒達。
ここからまだブリタニア小屋が見える

花の美しい道なのに、このあたりまでは写真を撮っていたが、撮影禁止を言い渡された。リフトがとまってしまうと大変といわれてもぴんと来ていない私だったが、写真撮影をやめると俄然歩き出した。

ブリタニア小屋からも見えていた湖
今日最後の写真 前を行くTさん

道は悪かったけれどその気になれば私の足は動くことを何度か経験した。2本のストックの使い方もなんとなく思い出して結構うまく歩けた。リフト乗り場に着いた時、まだ生徒達はそこにいて、先生ともまた挨拶した。

いつまでリフトは動くのか尋ねたら、あと2分といわれてびっくり。おかしな顔をここでも見つけて写真を撮ろうと思ったのにカメラを出す暇もなかった。のどがかわいて飲み物も全部から。下に降りてコープでキャンディーとスプライト、紅茶を買って帰った。夕食を残したのはロゼック谷を歩いた日と、今日が二度目。疲れ過ぎると食欲もなくなるよ、とTさんに言われたが、やっぱり余裕がなかったのだと思った。

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