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最近、国の方針を受けて、函館市でも街の中にも身近な自然を!というわけで、樹木や花を植えて、緑豊かな街にしましょうという気運が高まっている。そんな中、あちこちで耳にすることはそんな行政側の思いとは裏腹に樹木はもういらないという地域住民の声がある。その主な理由には落ち葉が邪魔だということ、日陰になるということ、犯罪の原因になる。ということがあげられている。
では、どうしてこのような民意とは裏腹に国や市町村は街の中に緑を増やそうとするのか?これには大きな視点から見た様々な理由がある。その主なものには、街によって自然が分断されてはならないこと、人もまた自然を身近に置いて、安らぎを感じることができること、地球的規模で進行中の温暖化の防止には樹木に頼らねばならないなどである。
さて、皆さんはいかがお思いでしょうか?ちょっと時間ができたら考えてみて下さい。
さて、これからは僕の思うことです。
あまりにも身の回りに樹木を嫌う人が多いので少々最近は樹木に関しては感情的になっています。そのことをふまえてお聞き下さい。まず、落ち葉 を邪魔だという人に対して、僕の反論です。落ち葉が邪魔で、木をなくした方がいいと思うのだったら、たった今から@酸素を使うことはやめていただきたい。なぜなら酸素は樹木がつくっているものだからです。地球は窒素ガスがいっぱい充填された星です。なんと78%にも及びます。ところがこんなにたくさんある窒素を利用できる生き物というとバクテリアの一種くらいで人間にはとてもこんな芸当はできない。もし、空気中の窒素が利用できたらもはや我々はタンパク質を食べる必要がなくなる。つまり、命を喰って命をつないでいくようなことをしなくてよくなる。だから、樹木やその落ち葉を嫌う人は窒素だけは使っていいから、たった今から酸素を使うことはやめてほしいとぼくは思います。
次にAすべての活動中に二酸化炭素を出さないでほしい。二酸化炭素を減らしてくれる主役は樹木だからです。
次に、B水を飲まないでほしい。なぜなら、水を大地に貯えるのは樹木の仕事だからです。次にC熱い夏が来ても木陰に入らないでほしい。
次にD木でつくった家に住まないでほしい。などです。
苦情の中には樹木を植えると小鳥が来て農作物にいたずらをするかもしれない……などというへんてこなのもあります。ここまで来ると、もう国の方針とは。完全にくい違っています。小鳥達の回廊をつくるために樹木を植えようとする国に対して、小鳥が来たらいたずらするかもしれないから樹木は邪魔だとする民意。ここで、注意してほしいのはいたずらしているかどうか誰にも分かっていないということです。もしかしたら、小鳥がいたずらするどころか、害虫を食べてるのかもしれないのに、何も考えない、何も調べないで樹木を邪魔にするというのはいかがなものなのでしょう?
だが、このような民意の中、確実に未来にかけて、街の中に樹木を増やして行く計画が進んでいる。だがここで我々が注意しなければならないのはこのことを行政任せにしたら必ず、いいようにはならないということだ。樹木と言ってもたくさんの種類がある。不必要な、不適切な樹木を植えても、そこに住む住民から苦情を言われても仕方がないことだってある。例えば、北国のプラタナスがいい例だろう。新緑も遅く、紅葉もせず、大きな枯れた葉っぱをまき散らすだけのプラタナスは街の嫌われ者だ。そんな嫌われ者の木を本州と同じように北国の街路樹にした行政はひんしゅくである。そして、それを許したのは地域住民ということになる。だから、今全国で行われようとする緑の計画が実行される前に、国の方針と民意との溝を埋めて行く必要があると、重ねてぼくは思うのだが、みなさんはいかがでしょうか?
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